個人的なことから離れると、個人的なことが解決する

個人的なことから離れると、個人的なことが解決する

 

人間は、基本的に自分中心です。

 

 

それはエゴ(自我)というものが、そもそもそういう性質だからです。

 

 

ですのでわたしたちの内側に自我を飼いならしているかぎり、どうしても自分中心になります。自我に振り回されます。

 

 

人間の悩み、苦しみはおもに自分や自分の周囲のことです。願いを叶えたい!も、やはり突き詰めれば自分のことです。

 

 

ここでは、あらゆる個人的なことを超えることによって、逆に個人が楽になるということを掘り下げてみます。

 

 

 

 

悩み・苦しくなる原因 @ 自分の事ばかり気にかけているから

 

人生にはさまざまな悩み・苦しみが伴います。

 

 

個人的な悩み・苦しみの原因のひとつは、自分の事ばかり気にかけてしまっていることが挙げられます。自分のことのみに集中・・つまり自分の悩み・苦しみに集中してしまっています。

 

 

私は高校生のとき、人間関係の悩みだらけで真っ暗だったのですが、そんなわたしに友達がひとこと言ってくれました。

 

 

「○○ちゃん、自分のこと気にし過ぎだよ」と。

 

 

当時はあまり意味も分からなかったのですが、しかしなぜか、ものすごく心に刺さったのを覚えています。その言葉はずっと忘れることができませんでした。

 

 

自分のことを考えてはいけないわけではありません。

 

 

しかし自分がどう思われるかとか、自分がどうしたら楽になるかとかではなく、視点を変えて人のことや全体が良くなるようにと気にかけ行動していると、自分の悩みなんてどこかに消えてしまいます。

 

 

焦点があたらなくなるからです。

 

 

自分個人のことを考えていればいるほど、どんどん視野がせまくなります。からだも心も小さく委縮してしまうのです。

 

 

心が閉じてハートを守るために胸が張れず、からだは下をむいて、呼吸も浅くなります。

 

 

このようなちいさな視野では解決できるものもできなくなります。

 

 

そこで、自分のこと(個人的なこと)をとりあえず脇に置いて、全体のために何かをしていると【個人】が薄れていきます。

 

 

【あなた個人】と【全体】をさえぎっているがとれて、全体からパワーがながれこんできます。解決法や自分ひとりでは思いつかなかったアイデア、人の助けなどが流れ込んでくるのです。

 

 

運がついてきます。

 

 

そしてあなたはますますパワーアップして、いつもまにか、個人的な悩み・苦しみが解決していきます。

 

 

 

悩み・苦しくなる原因 A「自分にはない」と思うから

 

もうひとつ大きな原因は、「自分にはない」と思っていることです。

 

 

「お金がない」「自分は○○に愛されていない」「自信がない」「美しさがない」・・など。

 

 

たとえば「お金がない」と思うと、手元にため込もうと出し惜しみしてしまいます。

 

 

「愛されていない」と思うと、つい他の何かで埋めようとします。それは暴飲暴食、あるいはモノで埋めようとするかもしれません。あいてに愛を要求して引かれるかもしれません。

 

 

ぽっかり空いた穴を埋めることに躍起になってしまいがちです。

 

 

与えるのではなく、かき集めよう(奪おう)という意識になってしまいます。無意識に他からもらわないと生きていけないという思考になるのです。

 

 

 

こんな私も、20代のころ暴飲暴食がやめられませんでした。ダメだと分かっていても食べることを止められなかったのです。

 

今ではそれが「内側に愛を満たそうとしていた」からだと分かります。

 

当時は自分も人も愛せず、誰も信じられず、愛からほど遠い意識でした。自分から愛を発しなかったので、常に不足だったのです。

 

しかし自分の内側に愛を満たすのは、他人ではなく自分しかいません。

 

ほんとうに欲しいものは食べ物ではなく【自分から愛を発することによって得られる安心感】です。

 

 

 

・自分の内側へむけて、引き寄せよう・得ようとするのは消極的姿勢=(奪う姿勢)=自分には【ない】という信念

 

 

・自分の外側へむかって、発動しよう・与えようとするのは積極的姿勢=(与える姿勢)=自分には【ある】という信念

 

 

根本的な解決策は、やはり「奪う」のではなく、逆に「与えること」です。

 

 

自分には【ない】から欲しいと手元に引き寄せようとするのではなく「どうぞ」という姿勢になってみてください。

 

 

それは「自分はじゅうぶん満たされているから、さあ、あなたこれをどうぞ」という意識に切り替えるのです。

 

 

じゅうぶん満たされているからという信念(思い込み)がそのまま現実化します。

 

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あなたがいまお金がなく、愛も感じられない、自信がないとしても、実はすでに(非物質レベルで)十分にもっているのです。

 

 

自分の持ち金は○○円と決めてかかるのではなく、世界全部のお金があなたのものです。私はこの話をある先生から聞いたとき、「は?」と思いました。物質で考えるとさっぱり意味がわかりません。

 

 

しかしエネルギーレベルで考えてみてください。お金というのは、個体になる前はたんなるアルミや銅などです。アルミや銅などは突き詰めると光です。すべては光でできていますよね。お金も光でできているのです。(もっと正確にいうと無数の光・量子・素粒子が動いている空間)

 

 

あなたが発する波動・バイブレーション【豊かさという光の情報】がそのまま凝縮して(実を結び)お金へと物質化しています。ですのでお金は内面から発する【豊かさというエネルギー】がカタチになったものです。

 

 

花咲じいさんのように「与えよう」という心の豊かさ(非物質)が内面にあるひとは、その豊かさのエネルギー(光)が物質化、つまり現実化するだけなのです。

 

 

ですので一部のお金だけが自分のものという見なし方は、どうにもまちがった認識ですし、まやかしであり幻想です。豊かさはエネルギーレベルであなたの内側にスタンバイしているのです。あなたがそれを発動するだけで豊かさはどんどんめぐってくるのです。

 

 

愛されていないかもしれないと疑うより、愛されていると信じて堂々としていると、なぜか本当に愛されてしまうものです。(相手も疑われるより信じてほしいはずです。)

 

 

もし自分の容姿は嫌いと思っていても、実際世の中をみると、顔やからだのつくりにかかわらず輝いているひとはたくさんいます。磨けばあなたの魅力はもっともっと輝くのです。美しさの素はあなたの内側に眠っていて、あなたが焦点を当てられるのを待っています。

 

 

 

個人的な引き寄せに注意!

 

わたしは個人的な願いを叶えるためだけに引き寄せの法則を使うのは、マズいと思っています。

 

 

引き寄せの法則は、たしかに願いが叶うこともあるでしょう。念力をつかうのですから叶うかもしれません。焦点をあてたものは拡大するからです。

 

 

しかし一生懸命念じてなかば無理やりに引き寄せても、それが自己満足のためだけなら、いずれ良からぬ結果になるのではないでしょうか?

 

 

大金を手にいれたとか、理想の恋人をゲットしたとかいって自己満足に浸っていても、まわりの人達が幸せでなかったら周りから引きずり降ろされるのです。

 

 

昔、わら人形を木に打ち付けるとかも、言ってみれば一種の引き寄せです。(マイナスの念力の現実化です)

 

 

引き寄せが【個人的欲望の引き寄せ】にならないように注意したいものです・・。

 

 

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だからといって、自分の願いを気にかけてはいけない・・ということではありません。

 

 

しかしどうせなら、【自分の願い】の枠を広げて、自分をも含めた【全体の願い】を気にかけたいものです。

 

 

【全体の願い】とはなんでしょうか?それは全ての存在が永遠に栄え続けることです。それが宇宙の願いです。

 

 

自我の欲望にはキリがありません。

 

 

全員が個人の欲望を叶えることばかりに注力していたら、この世は無茶苦茶になる気がしませんか?

 

 

大事なのは、自分だけの個人的欲望ではなく、あくまでも世の中全体のアップグレードです。

 

 

やはり全体を底上げすることでしか、個人も本当には幸せにはなれないようです。

 

 

引き寄せの法則がはやった当時は、世界全体の波動もいまと違っていたので、それなりに効果もあったようです。自分の幸せだけを考えていてもそこそこうまくいきました。

 

 

しかし令和になった今、個人的な願いだけを叶えよう!という時代ではもはやありません。今さらそんなことを言っている場合ではないのです。

 

 

流行った理由・叶いやすかった理由は、魂や心の働きよりも、お金やモノの価値を重視していた当時のひとびとに【 波動(バイブレーション)のチカラに目を向けさせるきっかけをつくるため 】だったと思います。

 

 

しかし、みんながもう【現実をつくるのは波動】だということに気づき始めた今、こういった【術】は正しい方向に使うべきです。

 

 

目的が個人のため限定ですと成就しにくいですが、目的が全体の繁栄に合致しているなら叶うでしょう。

 

 

 

令和時代の生き方

 

たしか小学生のとき、【1人はみんなのために、みんなは1人のために】と習った気がします。

 

 

つねに全体視点で考え、行動するひとには、全体がそのひとに還してくれるようです。

 

 

そう考えると、そもそも自分のことをああだこうだと考えなくても、全体が良い方向に導いていってくれると思います。

 

 

全体のなかには自分も含まれていますから、全体を思えば個人の願いも自動的に叶うと思います。

 

 

 

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