【かわいそうな私】と思っていると、どんどん運気が下がる

【かわいそうな私】と思っていると、どんどん運気が下がる

 

昨日の記事のつづきです。

 

 

 

【かわいそうな私】と思っていると、どんどん運気が下がる

 

かわいそうな私・・と自分を憐れむことは、ある意味気持ちいいかもしれません。

 

 

だれかに攻撃されて被害者になることは、「ある意味、安全」です。というのは、被害者はだいたい人に同情されますし、それ以上攻撃もされません。被害者ですから自分を責める必要もありません。

 

 

それに対して加害者は、自分も自分を責めるでしょうが、人からも責められます。まわりのひと全員に指をさされる・・これは辛いですね。

 

ほめられない、認められない

 

だから、被害者意識や被害妄想を抱くひとは少なくないのですが、被害者意識のまま自分を憐れんでいる限り、良いことひとつありません。

 

 

なぜなら、

 

@自分を憐れだと思う

 

Aどんどん「憐れな」ネガティブエネルギーを引き寄せる

 

B結果、どんどん不幸になる

 

C不幸になるから、また自分を憐れだと思う・・。

 

のネガティブループです。

 

 

ネガティブエネルギーを引き寄せるのは仕方ないですね・・
だって【なんて私は憐れなの・・( ノД`)シクシク…】という波動を発しているのですから・・。
発している波動と同じものが現実化します。

 

 

そしてやっかいなのが、不幸になればなるほど憐れさに浸ることができる・・。だから、グルグルまわって抜け出せなくなります。

 

 

これは、りっぱな不幸中毒です。
自己憐憫にひたって酔っていると、運気はグルグルらせんを描きながらどんどん落ちつづけていきます。

 

ネガティブエネルギー

 

そうすると、しまいには老・死・病となります。
(経済的、からだ、人間関係などいろいろな分野で)

 

 

 

 

【かわいそうな私】はかなり危険!

 

・自己憐憫に浸りたいがために、「あえて」かなしいと思われることをやったり、辛いことにわざわざ取り組もうとすることがある。

 

・「私はかわいそうな人間」という設定が、みずから不幸になるようなできごとばかり、苦労ばかりを選び取っていく。

 

・「自分はかわいそうな人間」と確認したいがために、みずから辛く悲しいできごとを選んでしまう。「ホラね、私はこんなに貧乏で病気で不幸よ」と。

 

・拗ねながら、「どうせ・・」と、あきらめてしまっている。

 

・・上記がクセになってしまいます。

 

 

キケンなのは、上記(不幸・貧しさ、かなしさ、つらさ)がクセになるので、むしろそういう状態があたりまえと思ってしまうのです。
「おかしい」と思えなくなるのです。

 

 

これが危険なのです。

 

 

ではどうすればいいの?

 

ではどうすれば、自己憐憫をやめられるのでしょうか?

 

@まず自己憐憫におちいってしまっていることに、ちゃんと気づく。(客観的にきちんと気づき、納得するためには、具体的にノートにかくのもおすすめです。)

 

A「嘆きたい、嘆いてこのドラマに興奮したい」を手放す
「悲劇のヒロインみたいですてき・・自分を憐みたい、かわいそうと思いたい」を手放す
(手放したくないも手放す。)

 

B自分をゆるす、許す自分になる、と決心する。(自分を痛めつけるのはもともとは罪悪感からですから)

 

C変なコトバを発しない。「わたしなんてどうせ」とか「今は不幸でいいの」とか、あらゆるネガティブワード。

 

 

そして、具体的に生活面でもととのえていきます。

 

まあいっか

 

 

@生活習慣をととのえる(食事・睡眠・運動はやはりキホンですね)

 

A朝、できるかぎりでいいので早起きして、8時くらいまでには太陽の光をあびる。(太陽はアマテラスオオミカミの【輝き・光】のエネルギーです。)

 

Bいつもほほえむ。「ほ」の言霊は、精神性の高い【祝い・祝福】のエネルギーです。

 

C気持ちを外にむける、外出でもいい。

 

Dなにかあっても「まあいっか」「あ、そうなんだ」くらいの軽い波動でいる。(出来事はいかようにも変わりますので目の前のできごと自体に深刻になることはありません。)

 

Eじぶんのことを離れて、人のことを考えてみる

 

 

 

上記のなかのどれでもいいので、良ければひとつやってみてください。欲張ってぜんぶやろうとするとできなくなり、また「やっぱり私ってダメかも・・」と落ちてしまいますので。

 

急がば回れですね。

 

 

 

ドラマの主人公(自分)が、大変な人生ゲームをクリアしたい!

 

人は憐み、嘆きつづけたいからこそ、そういう出来事をわざわざつくります。

 

 

逆ではないのです、つまりなにかの出来事が降りかかってきたから、憐れみ・嘆くのではありません。

 

 

アファメーションで「わたしはできる、わたしはできる」とか「きっと大丈夫、大丈夫」と唱え続けていても、その効果は保証できません。なぜなら、根本の意識がかわらないと、表面的になりがちだからです。

 

 

わたしも過去、不安にさいなまれ「大丈夫・大丈夫」と唱えながら、「あ、大丈夫だと思いたくないし、大丈夫だと信じたくないな・・」と実は思っていることに気が付きました。

 

 

なぜなら、「大丈夫」だとちっとも興奮しないからです(笑)ストーリーとして面白くないからです。

 

 

「つらい状態をいつか克服する・・それって大冒険!」
「ハッピーエンドのために今を嘆き、そして耐え忍ぼう。」
「もしかしたら、この下積み期間がいちばんたのしい見どころ」

 

 

そんな思いはありませんか?

 

大変な人生

 

苦しければ苦しいほど、ハリーポッターのように成功したときの興奮は大きいですよね、どんなドラマもそんな逆転劇が一番おもしろいですから。

 

 

あなたはご自分がほんとうは「大丈夫」であり、「しあわせに豊かになれる」ことをどこかで知っています。ただ誰でも、そんなサクセスストーリーの主人公を演じてみたいだけなのですね(笑)

 

 

しかし、ドラマはドラマです。

 

 

たった今、この現実世界において、あなたが幸せを選択するのはいつですか?

 

 

しあわせは後回しにせずに、「今」そうなってください。たとえどんな状況でも関係ありません。

 

(・・またつづきます)

 

 

 

※以下は関連記事です。

前記事 【かわいそうな私】きっと「いつか」幸せがやってくる・・?

 

 

 

 

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