自己の成長と、全体が栄えるために貢献すること

自己の成長と、全体が栄えるために貢献すること

 

今、たいせつだと思っていることを書きます。

 

 

 

知識ではなく、内面の成長に取り組むこと

 

自己の成長

 

あなたがこれからより幸せに、より豊かになっていくためには、霊的な、内面的な取り組みが欠かせません。

 

 

どれだけ、仕事や勉強で成果を出したり、有名になったりしても、外側のいっさいの結果は永久的、永続的ではありません。

 

 

知識などをいくら詰めこんだところで、わたしたちの本当のすがた、たましいにどれだけの成長があるでしょうか?

 

 

そんなものは限りがありませんし、むなしいものです。

 

 

知識などは、補助的なもので、生きるのに便利な道具のようなものです。使ってナンボです。

 

 

私は以前の会社で、となりに座っていたかっこいいお兄さんがいたのですが、その方はいつもカクカクシカジカと、論理や理屈的なことをとなえていました。
なんだかよくわからなかったのですが、表情には喜怒哀楽もあまりありませんでした。このひとは人間なのかな?と思うくらい、なんだかロボットのようでした。

 

 

たしかに知識は豊富でした。そして外見もおしゃれでけっこうステキでした。しかし、なんの魅力も感じなかったのを覚えています。べつに悪いわけではないのですが。不思議な、印象的なひとでした。

 

 

知識って、そんなにたくさん要らないと思うのです。もちろん興味のあることなら、ぜんぜん、どんどん勉強すればいいと思います。

 

 

純粋な興味から勉強・研究するのは、とても素敵な楽しみだと思います。

 

 

でもそれが苦痛であったり、強いられたものなら、おかしいものです。なんの意味があるでしょうか?

 

 

日本の公教育は、完全におかしい。

 

 

みんな洗脳されています。

 

 

興味のないことを延々と聞かされて、一体それがなんのためになるか?なりません。ならないと思います。

 

 

時間のムダ使いです。お金と労力のムダ使いです。いのちのムダ使いです。

 

 

私たちはなんのために生かされているのか?知識を増やすためではない。知識ばっかり増えて、それを使いこなせもしないなら、意味がない。

 

 

プライドばかりが肥大していき、人間の中身の、なんのためにもならないと、切に感じます。

 

 

成長することをあきらめたら、次はない。

 

 

自分のたましいを、意識を、強くしていくことが大事だと思います。

 

 

少しくらいのことでへこたれたり、しょげたりする気持ちは分かります。今日も私は、少しのことで自信がなくなりしょげてしまいました。しかしその度に、気持ちを自分で強くして、意識的に明るく、波動を上げるようにつとめて、立ち直れるように前をむき、上をむいていきたいものです。

 

 

ときには、どうしようもなく、立ち直るのに時間がかかることがあります。そんなときは寝るのもいいし、食べるのもいいでしょう。とことん落ち込むのもひとつの手です。

 

 

でも、完全に、成長欲・つまり自らを高めることを放棄したくはないものです。とても落ち込んでいるときでも、一筋の光は天につないでおいておきたい。

 

 

いま、この時代に、みずからを高めることを完全に放棄してしまうと、次の転生はないと思います。また来世でいいや〜・・はないと思います。
そんなに甘くはない。
つまり、今までは何度も転生を繰り返してこれましたが、この人生が最後・ラストチャンスと、感じています。

 

 

どう生きるかは、真に各自の自由です。

 

 

他のために貢献できるよう、努力すること

 

 

自分のことばかり考えていては、置いていかれます。時代において行かれます。化石になってしまい、いずれ、その存在は光にもどるでしょう。

 

 

自我は光に還してあげなければならないのです。

 

 

生きる意味をよく考えることもなく、ただ他に付き従い、なんとなく時間をつぶすように生きていていいのか?とよく思うことがあります。

 

 

ヒマつぶしという言葉がありますが、そのような言葉が自分のなかの辞書にあってはならないと感じます。ヒマを感じるというのは、自己の成長や他にたいしての貢献を放棄しているから出てくる言葉です。

 

 

人生ヒマなし、ヒマと考えているヒマがあれば、掃除でもなんでもすればよいのです。

 

 

自分が働かずして、ほかに与えることなく、自分が受け取れるわけがないのですから。

 

自己の成長

 

 

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