過去の罪悪感。もう自分を責めず過去の自分のすべてを許す

過去の罪悪感。もう自分を責めず過去の自分のすべてを許す

心の底、閉じ込めた、感情、聴いて、二度と

 

あなたは自分が過去にしてしまった何かを、悪かったと今も後悔されていますか?誰かや何かに対してしてしまった事実自体は、変えることはできません。

 

 

そのことでもう充分あなたはご自分を責めて、二度と繰り返さないと反省されてきたのではないでしょうか?

 

 

この記事では、そこを癒し、あたらしい現実をつくれるように書いてみます。

 

 

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人はいままで、いろいろなことを体験・経験してきて、そしてこれからもそれは続いていきます。あなたが「悪かった」と思い反省されているできごとは、この大きな歴史の流れのなかでは、言ってみればほんのちいさな出来事でしょう。

 

 

人類の歴史が始まって以来、わたしたちは立場や性別を変えさまざまな人生を歩んできましたが、人を殺めたことがないひとはいないそうです。わたしは、ある方からはじめてそれを聞いたとき、「それはそうだろうなあ」と思いました。

 

 

現代の常識では考えられないような時代を幾度となく生きてきた私たちは、たくさんの戦争(宇宙規模のものも含め)を経験してきていることを考えれば、誰もが人の命を奪い奪われてもいるというのは、別段不思議なことではないと思います。

 

心の底、閉じ込めた、感情、聴いて、二度と

 

人だけではありません。現在もなお、私たちは動物のいのちを頂いて、食しています。

 

 

人を殺めることとはわけが違うと言われるかもしれません。
確かに、人間と動物は違います。

 

 

しかし、いのちとしては、価値に高いも低いもなく、同じ源から生み出された神聖なるものです。だからこそ、私たちは皆のお世話になって今日も生かされている事実に、あらためて感謝しなければならないと思います。

 

 

いずれにしても、宇宙は私たちの想像が及ばないほど大きいのは周知の事実です。その大きさから比べてみれば、今の私たちの人生などあまりにもちいさなものです。

 

 

このパンデミックを経験している今、わたしたちは宇宙スケール(最低でも地球規模)で考える大きな意識に立ち返らなければなりません。

 

 

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それをしてしまった過去のあなたは、善悪の区別がついていなかっただけかもしれません。そうであれば、ものごとの判断ができないほど幼く、ただ純粋だったのです。

 

 

それをしてしまったのは、それが正しい・正義だと目上の人や周りから教えられたからかもしれません。あなたは、疑うこともなくただそれを自動的に実行したのでしょう。

 

 

ある時は、あなたは周りからの愛を充分に受け取ることができず、誤作動を起こしてしまったかもしれません。そうであれば、それは仕方がないことです。誰でも周りからの(特に親から)充分な愛を感じることが出来なければ、愛を外側に発することはできません。

 

心の底、閉じ込めた、感情、聴いて、二度と

 

人は幼いころからの教育や育ち方で、その後の考え方や価値観が左右されてしまうものです。
みんな本来は純粋なたましいですから、よほど気質が強くないかぎり、自分を貫く前に大きく環境に左右されます。

 

 

だいたいは、仕方のないことです。

 

 

「浅はかだった」と、いったん反省したのであれば、もう繰り返さないと決心したのであれば、もうそれで充分なのです。もうここで、自分のしてしまった事を許しましょう。

 

 

「そんな簡単には許せないから苦しんでいるのだ」と思われるかもしれません。
とてもよく分かります。

 

 

ですので「そんな簡単には許せない」という想念と感情さえもそのまま受け入れてください。

 

 

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許せない状態に居続けるのは、実は自分を許さないゲーム、自分を縛り付けるゲームをしたかっただけかもしれません。

 

 

みんな本来何をしようとどんな道を歩もうと自由ですので、他人も自分もすべてを許し自由へと解放される道を選んでもいいですし、そうでなくても構いません。

 

 

なんでも可能で制限のない神であるあなたが、「不自由な経験ってどんな感じなのかな・・?」と体験してみたかっただけかもしれないのです。

 

 

ただその期間がどうやら長すぎたようです。このウィルス騒動は、私たちのたましいをその枠から完全に開放してくれるように働きかけてくれています。

 

 

究極的に言うと、すべてを許しても許さなくてもどちらでも構いません。本当にあなたの自由なのです。

 

 

宇宙はあなたのどんな選択も尊重してくれます。そこに良い悪いはなく、もちろん価値の高い低いもありません。

 

 

ただひとつだけ言えるのは、もしあなたがすべてを許す道を選ぶならば、その幸せのスケールはとても広く、深く、永続的です。

 

心の底、閉じ込めた、感情、聴いて、二度と

 

人間自我の感じられる幸せは、瞬間的でその場かぎりであり、個人的で、しかも条件が1つでも変われば感情も変わり、揺らぎやすい、不安定なものです。

 

 

しかしすべてを許し、神に立ち返る幸せは文字通りホンモノであり、果てしなく、しかも無条件です。根底からの絶対的安心があります。

 

 

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自分を許すことができれば他のひとも許せていけます。まず自分が先かと思います。

 

 

というのは、他人のことは完全には把握できませんし、やはりあくまでも他人のことなので、最終的には「まあいいや、どうでもいいや」と許せやすいのです。(許すというより放棄ですが)痛みは伴いますが、許せない自分の自我と相手の自我を分断し、切り離すことができるのです。

 

 

しかし自分に対しては違います。誰しも自分からは逃れられません。いままで自分がやってきたことを誰よりもわかっていて、表面的に忘れていることでもたましいは覚えていますので許し難いのです。

 

 

家族や友人などの近いひとを通していやな出来事に出会うと、それはやはり自分の過去や現在をうつしだしてくれています。まわりのひとは自分の鏡というのは本当で、いちばん見たくない自分の姿をまざまざと見せつけられるので、ものすごくいやな気持になります。

 

 

しかしそんなときこそ、自分の奥底に封じ込めてしまったエネルギーに向き合うチャンスです。

 

 

最近の私の場合を例に出しますと、

@許せなかった幼少のころの自分
A許せなかった学生時代のころの自分
B許せなかった大人になってから今までの自分

 

と、ご丁寧にも3つに分けて、周りの人がはっきり見せてくれました。

 

 

向き合うのはとてもエネルギーがいりますが、おかげで、それら過去の自分を完全に許し、今の相手をいつくしみ心から幸せをいのれるようになりました。

 

 

結果的に当然相手ともわだかまりなく爽やかに対応できるようになりましたし、あるいはその縁が気持ちよく切れました。

 

 

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いやな出来事に直面したときは、相手に対しネガティブな感情が噴出してすさまじい思いに駆られますが、心配いりません。むしろ良い兆候でおめでたいことです。

 

 

なぜならそれは、今まで心のいちばん底の方に沈められ、押さえ込まれていたエネルギーがようやく表に噴出してくれているからです。
もうドロドロのままほったらかしにしないで、光に還れるように浄化してほしいと、感情たちは訴えています。

 

心の底、閉じ込めた、感情、聴いて、二度と

 

こんなことを書くと引かれるかもしれませんが、私の場合は相手を階段から突き落としたくなるほどです。
しかし自分の手を汚したくはないので、相手の存在を抹消したいという一番冷酷で卑怯な考えが頭をよぎります。

 

 

しかし本当に許せないのは相手ではなく、自分自身です。

 

 

相手はわざわざ見せてくれています。
そうでもしないと自分自身の底に押し込めたエネルギーには気づけませんから。

 

 

ですからそこをちゃんと自分の内側で表現してあげて、その感情の言い分を聞いてあげてください。
もうそれを無視して抹消しようとするのではなく、ちゃんと見つめてあげなければならないのです。

 

 

そのネガティブな感情や思考の言い分を、もう一人の神であるあなたが聴いてあげてください。
ノートに書きなぐってもよいですし、クッションを叩いたりなどして体で暴れて表現してもいいと思います。
(そのノートは祝いと感謝の念で燃やされるとより浄化されます。)

 

いずれにしてもそのエネルギーはあなた自身ではなく、単なる未消化エネルギーです。
あなたはそれを創って体験してみたかった創造主の側です。

 

 

その許せないや叱責、非難・否定、怒りや嫌悪のエネルギーはなんと言っているでしょうか?

 

 

さまざまな言い分が出てくると思います。
ノートや紙に書き留める方法は効果的です。
なぜなら、思考が整理されてこんなこともあんなことも思っていたんだと、自分で認識できるからです。

 

 

書き留めないと頭のなかをグルグル回っているだけで、エンドレスになりがちです。
書くことでアウトプットして、自分の思いを文字にあらわすことで客観的に認識し、そのあと火で燃やすことができたらベストです。

 

 

見つめて、言い分を聞いて、必要ならあなたご自身でもその感情を味わいなおして、その不快な感情から逃げずに踏ん張ってみてください。
大切なことは、その感情を「なるほど」と感じながらも、ご自身はそれと一体化せず常に一歩引いて、客観的に見守ってあげることです。
(一体化してしまうと、その渦のなかに放りこまれ、またあなたがコントロールされる側になってしまいます。)

 

 

あなたが【主人】としてそれらのエネルギーに目線を向けてあげると、それらは喜びます。
誰でも自分を見つめてもらえたら嬉しいものです。

 

 

そしてそれらの許せない思いや怒りや憎悪はあなたという主人に見つめられたことでようやく安心して、天に還り、新しくすべてを生み出す光のツブツブに戻ります。

 

 

辛い感情は、あなたにどんな気持ちか分かってほしいので、あなたを通して自分を表現しようとMAXまで不快な辛いエネルギーを噴出するかもしれません。

 

 

それは膿出し(新しいものの「生み出し」に繋がります)なので仕方がないのです。
向き合うのは痛いですが、むしろ本当に痛みを感じていたのはその感情たちですので、ぜひ分かってあげてください。

 

 

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なぜエネルギーを浄化することが大切かというと、心の底に古いエネルギーを蓄えたままでは、あたらしいあなたに生まれ変われないからです。

 

 

例えば部屋の中にほこりやがらくたなどが放置したままだと、いくら新しいすてきな家具を持ってきても、まるでパッとしません。

 

 

新しい家具も結局は埃まみれになり、その古いエネルギーに引っ張られるのです。
しかも古いものというのは頑固で強力です。新しいものは生まれて間もないので、カンタンにやられてしまいます。

 

 

浄化は掃除と同じです。

 

心の底、閉じ込めた、感情、聴いて、二度と

 

あなたが新しくすてきな人生を歩みはじめるとき、たとえば引っ越しのときに不要な物を断捨離するように、心のオリ(沈殿したもの)も、ひっくり返してきれいにしないと先に進むことができないのです。

 

 

心の底に浄化されずに貯まったエネルギーは、毎度毎度かたちを変え人をかえ、あなたに気づいてもらえるように、同じテーマの問題を引き起こします。

 

 

気づいてあげ、その感情を見つめて浄化してあげれば、二度とそのテーマの問題はあなたの身に降りかかりません。

 

 

そうしてひとつひとつクリアするごとに、あなたはどんどん身軽に爽やかに、自由になり、そして本来の力を取り戻すことができます。

 

 

自粛は、自分を見つめるために用意されたちょうどよい機会です。
ぜひ、ご自分の内面が何を叫んでいるのか、耳を傾けてあげてください。

 

 

 

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