漠然とした不安がぬぐえない。今は幸せなはずなのになぜ?

漠然とした不安がぬぐえない。今は幸せなはずなのになぜ?

 

今、とくべつ具体的に困っていることはないし、そこまで深刻な悩みもない、まずまず幸せなはず・・。

 

でも、このままでいいのだろうか?

 

不安定な時代ではあるけれど、自分たちは安定しているはずだし、とりわけ問題はない。

 

なのになぜか、ふと「これでいいのかな?」「本当に人生このままでいいのかな?」と不安がよぎることがある。

 

これでいいんだという確固とした揺らがない安心と自信がほしい。

 

・・いったい私たちは、どうすれば心から安心して生きていけるのでしょうか?

 

 

 

 

過去と同じ生き方ではもう幸せにはなれない

 

とくに令和に入ってからは、「自分個人がどうやって生き残るか?」
ここだけに焦点を当てた生き方は通用しなくなりました。

 

自我にとっては痛みをともなうことですが、これは宇宙の流れ上、しかたのないことです。

 

これは極端なひとつの例ですが、マスクを買い占めて高値で転売したりなど自分の利益だけを考えて行動することは、誰が考えても好ましいやり方ではありませんよね。人から嫌われる行為になります。

 

そういう行為を重ねていては、いつまでたっても本物の幸せは手に入らないということは、あなたにも同意していただけるかと思います。

 

みんなに行きわたるはずのマスクや日常品を、どれだけ自分のもとに(他から奪って)引き寄せても、あるいは荒稼ぎしても、いつまでたっても安心できません・・。

 

奪ったのだから次は奪われるかもしれないと、こころの底ではわかるからです。

 

その不安を埋めるために、ますます自分を守ろうとし、さらに自分中心になります。

 

自分さえよければという自己中心的おこないは、みんなを敵にまわします。

 

こうして負のスパイラルになるとそのうち悪いことしか起こらなくなるので、挙句の果てには強い苦しみが生まれます。

 

 

むしろ、自分のことだけを考えれば考えるほど、逆に不安や苦しみというのは増すことになるのではないでしょうか。

 

 

自我というのは、あなたとは全く別物で、ただの人工的なシステムなのですが、このシステムを採用する生き方は、特に今後は絶対に私たちを幸せにはしてくれません。

 

 

戦国時代なら、自分のお家の存続のために、人を殺めても勝利感や達成感などを手に入れ、それなりの幸せに浸れたかもしれません。

 

しかし、地球も宇宙もどんどん進化し、時を重ねるごとに、しあわせの質はより高く精妙になり、深みも増していっています。
そうして宇宙・人類自体がますます進化していっています。

 

私たちは、もう昔のように、表面的なしあわせでは満足できないような時代に突入しているのです。

 

 

自分個人というものは本当はナイ

 

 

個人というのは、宇宙の大きさから見ればあまりにも小さく、儚いものです。
あまりにも小さきもの【個人】という枠の中だけにいると、小さいが故に、他が大きく見え、得体も知れずわからないので、恐く不安になります。

 

そのうえ宇宙はどんどん拡大しているので、いつまでもちいさな個人だけのなかにいると、ますますまわりは大きくなるばかりです。

 

ちいさな自分(=個人的)のことだけを考えていると、そこが自分のすべてになり、考え方も小さく価値観も狭くなります。

 

自分のことのみに焦点を当てつづけると自分のことにしか考えが及ばず、他人や他の世界のことについて想像をめぐらすことがなく、結果いつまでたっても自分以外のことを理解できませんので、外側でなにが起こるか予想もできなくなり、恐怖・不安でしかなくなってしまうのです。

 

 

あなたは、本当はそんなちっぽけな存在では、決してありません。

 

さきほど、ちいさな自分という表現をしましたが、じつはちいさな自分(個人)というものに実態はありません。
あるようにみえるのですが、幻のようなものです。イリュージョンです。夢なのです。

 

個人というものは(信じられないかもしれませんが)ないのです。

 

あなたは、宇宙空間すべてであり、肉体と名前を持ったちいさな個人ではありません。

 

いままでみんなが「この体と魂と名前と考え方と感情が私だ」と誤解をしてきましたが、そうではないのです。
この体・名前を担当し、演じているだけなのです。

 

これは死んだら分かります。
肉体を離れたとき、「ああ、この人生も夢だった・・」と。

 

宇宙空間すべてがあなた

 

 

ですので今までとはまったく逆に、自分個人というものから出て、脱皮して、宇宙すべてがあなたであることを受け入れてみてほしいのです。

 

個人というものはまぼろしだった!と意識を拡大して超越するのです。
これは一世一代の大変化です。

 

宇宙空間全部、すべてが自分だったのだと認めると、そこにもう自己はありません。ぼやけてしまいます。
すべてがあなたなので、あなたはすべてのために、働きたいと思えるようになります。

 

意識が自分単位でなく、宇宙単位になるのです。

 

みんなのために役に立とうと目標をかかげても、それ自体はすばらしいのですが、他者と自分を分け続けたままだと、そこにはどうしても限界ができてしまいます。

 

誰でも自分が生きることに精いっぱいだからです。

 

しかし、自分は宇宙の全部だったのだとわかると、もはや自分個人のためではなく、目的が全体のためという、最高次元の目的になります。

 

全体のために生きることができれば、まわりのすべて全体が、あなたの味方です。

 

あらゆる知識、知恵、アイデア、方法、そして好意や愛すべてがあなたに入ってきます。

 

文字どおり、あなたのものなのです。

 

なぜなら、あなたは全体と統合したからです。

 

 

これはどれほど心強いでしょうか?

 

 

 

個人を超えて全体のために生きればすべてがうまくいき、かならず不安も超越できる

 

 

人のために全体のために働くことができれば、これ以上の幸せはない、これはあなたも経験済みだと思います。

 

つまり、自分の保身を考えれば考えるほど、考えている間は不安になりますが、全体に溶けいり、全体のために今、なにかアクションを起こすとか、いのることができれば、とたんに個人の不安など超越してしまえるのです。

 

これが不安から抜ける、一番確実、かつ手っ取り早い方法です。

 

 

自らの波動が、自らの安心を生みます。
あなたもすでにご存じであるように、もはや外側の条件をいくら埋めても、それは必ずしもイコール幸せにはつながりません。

 

たとえば、可愛いペットを抱いて安心するのは、可愛いペットだから安心するのではなくて、あなたがペットを愛し慈しむ気持ち、その波動があなたに安心をもたらします。

 

対象の相手やモノではないのです。

 

そしてペットや人を愛するのももちろん大切ですが、自分を愛することも忘れないでください。

 

なぜなら、自分からは一切逃れられないからです。いつでも一心同体であるからです。

 

そしてその自分というものさえからも脱皮して、どんどん外側に果てなく意識を広げていけば、あなたはどんどん多くのひと、モノ、出来事を自分のなかに取り込む(認めること)が出来るのです。

 

そうなれば、世界はあなたのもの、というよりあなた自身なので、世界のすべてはあなたの味方であり、あなたはすべてを愛すれば愛するほど、あなたに還ってきます。

 

本当のゆるぎない安心を手に入れるためには、神の愛であればよいのです。

 

神の愛は、すべてを愛し、慈しみ、祝福し、敬い、見守り、そして許し、さらに栄えるようその弥栄をいのり続ける、その実践のことです。

 

その状態になってみると、一切の人間の悩みなどは消滅し、絶対的な安心につつまれます。

 

その姿勢、その波動自体が、私たちを安心にします。

 

全体に溶けいることは、すべての個人の悩みを解決します。
小さなことでクヨクヨしません。

 

揺るがない絶対安心の波動そのものが、絶対に安心できる現実を創造します。

 

困ったことが起きなくなります。

 

そのうえ、その時々に必要なすべてが、タイミングよく用意されます。

 

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自分という枠を手放すのは、勇気がいるかもしれません。

 

手放したくない!という思いも湧いてきます。

 

その手放したくない!という気持ちも手放してください。

 

手放すのが恐いという感情も手放してください。

 

(これについては、あらためて書こうと思います。)

 

 

これが未来永劫、一番楽になる方法です。

 

 

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