本当に望むことはなんだろう

プロフィール

はじめに

 

こんにちは。
AKIKOと申します。

 

二児の母で40代のシングルマザーです。
小学生の息子と中学生の娘、両親と共に暮らしています。

 

幼少の頃からずっと人間関係や生き方について悩み、なんとかそこから脱出したくて研究・実践してきました。

 

生まれつきのエンパス能力により人や物の気持ちが否応なしに入ってきてしまい、当時はそれをガードしたり能力を使いこなす方法も知らず、ほんのささいなことで気持ちがかき乱され自分が保てなくなる多感な子どもでした。

 

波乱万丈で変化がおおく失敗だらけの人生でしたが、今ではほぼすべての悩みや不安・恐怖などはじめとする苦しさを超えることができ、安定した心(精神・気持ち)と、生活を手に入れることができるようになりました。

 

もちろんまだまだ発展中で、これからもますます栄えていきます。

 

過去に対して執着したり捕らわれることはもうほぼなくなったですが、今までの過去に精いっぱいの最大の祝福を送って浄化させることでまっさらのゼロから新しい芽がでるように、さらにあらたな人生を歩みだすこのスタートラインでこれまで自分が歩んできた軌跡を書き記しておきたいと思います。

 

 

 

 

↑気になるところから読んでみてくださいね。

 

 

第1話 命がけの登下校

 

 

6歳の時、家族で山の中の祖母の家に移り住みました。

 

同級生もいないほどの小さな山奥で、草や木、小川や畑の作物などの自然とともに育ちました。
風で木の葉が揺れる音や鳥の鳴き声しか聞こえないくらい、とても静かな場所でした。

 

学校は何キロも先で遠く、登下校だけは過酷でした。
草木が覆いかぶさるように茂る山道はサルや小動物は日常茶飯事です。

 

遠くに熊を目撃し猛スピードで逃げ帰ったり、薄暗い中お化けも見たり、中学では不審者にも後をつけられ危機一髪のこともありました。

 

メイン道路とは別に、歩行者用のがけ道があったのですがその道幅はあまりに狭く、幅1mほど。
今にも土砂崩れを起こしそうなその道の端っこは、落ちたら終わりの断崖絶壁。

 

丈夫な草につかまりながら歩き、くもの巣に顔をつっこみながら、いろいろな恐怖にビクビクしながらの必死の登下校でした。
たまに近所の人が、車や農作業用リアカー?で通りかかり、親切な方は乗せてくれたので、それは唯一の楽しみでした。

 

 

中学になり自転車通学になりました。
この自転車がくせものでした。

 

というのは行きは急な下り坂なので常にブレーキを酷使しすぎるからか、数日でブレーキが利かなくなってしまうのです。
日常のことなのであまりメンテナンスすることもなく(今では信じられませんが)あまりブレーキの利かない自転車での山下りは当然危険です。

 

しょっちゅう転び、セーラー服やジャージがよく破れました。
帰りはさらにキツく、特に夏は自転車を押しながら2時間山道を登るのが大変で毎日2時間ほどかけて下校していました。

 

公衆電話もなくケータイももちろんないので一度歩き出したら最後、無事にたどり着くのを祈るように歩く毎日。

 

いっさいの助けが呼べないあの頃、なんで私だけこんな大変な目に合わなければならないのだろうとクラスの子がいつもうらやましかったのを覚えています。

 

そんな今ではありえない環境に当たり前に生きていた学生時代でしたが、振り返るといつもギリギリのところで助かっていました。
この山は自分を鍛えてくれながら、しかし絶対的に見守って育んでくれていた、そんな気がしてなりません。

 

とても静かで美しい山でした。
空気は澄んでいて、小川の水は美味しくいつも飲みながら帰っていました。
夏の天気の良い日は登り切ったあたりで、いつも私たちをねぎらうように涼しく気持ちよい風が吹いてくれました。

 

私は幼稚園の頃からうまく友達を作れず基本的にいつもひとりだったので、登下校が過酷だったとは言え、
むしろあの山は自分の心と体を鍛えてくれるとともに、なにより癒してくれました。
いまの自分の土台を作ってくれたと思っています。

 

 

第2話 徹底的な玄米菜食

 

 

19歳の時、のどかな里を離れてワーキングホリデーでカナダへ行きました。
ずっと家族関係や友達関係で悩んできたので、誰も知り合いのいない遠くへ行きたかったのです。
今までの環境をガラッとかえて新しい土地で人生をリセットしたかったのかもしれません。

 

夏のあいだ3か月、ある牧場でホームステイしました。
そこは今までまったく見たこともない、果てが見えないほどあまりにも広大な土地でした。

 

一番近い町に出るのに1時間(郵便物は1週間に1度、その町に取りに行く)隣の家まで車で30分以上かかるようなところです。
囲いも必要ないほどの大牧場で育つ動物たちは本当にのびのびと育っていました。

 

毎日、馬にまたがり犬と共に牛たちを追い、えさをやり、干し草作りを手伝い、家では家事を手伝う。
その代わりに無料で滞在させてもらうとても楽しい日々でした。

 

ある時、パパが誰かと電話でなにやら難しい話をしていました。
どうやら、牛がビーフとして出荷されるとのこと。

 

どこかで分かってはいたものの、今まで大切に育ててきた牛を出荷・・・。
一緒に写真を撮ったり、懐いてくる子牛にはママと一緒に名前も付けたりして、アルバムにも残したかわいい牛たちが、人間に食べられるために殺される・・・。

 

出荷の日。
親戚や近所の男の人たちが一斉に集まり、今まで自由だった牛たちを囲いに入れました。
さほど大きくない牛たちは人間に馬乗りになられ、強制的に頭を地面に押しつけられ、耳にパンチで穴をあけられ、番号札をつけられました。

 

牛たちは全身全霊の抵抗もむなしく、トラックに載せられ、どこかへ運ばれていきました。
がらんとした牧場を見て、私はその時、牛も涙を流すのだということを知りました。

 

人間というのはなんとむごいのだろう、わたしたちは動物の命をなんだと思っているんだろうと思いました。

 

それから20年ほどのあいだ、わたしは肉というものをほとんど口にすることができなくなりました。

 

(今では少し考えが変わり、肉食を否定することはなくなりました。
自分から積極的に食べたいとはとくに思いませんが、機会があれば感謝して食べています。)

 

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帰国後、人間の食べ物について研究し、徹底的な完全玄米菜食に入りました。

 

タバコやお酒・白砂糖や添加物などに至るまで一切を制限しました。
玄米を1口につき感謝をしながら200回くらい噛み、1椀食べるのに40分くらいかけるほど、当時は徹底していました。

 

まるでどこかの修行僧のような生活で、テレビも見ず、笑わず、外食もせず、玄米しか食べない私を見て、家族にはこの子はなにやらおかしな宗教に入ったと心配されました。

 

第3話 仕事と人間関係の限界

 

 

20歳で就職したころ仕事と人間関係の悩みがピークに達し、精神が壊れそうになるほど限界に達しました。

 

学生時代からずっと、自己啓発や潜在意識、スピリチュアル系の本を読み漁っていましたがそれでは足りず
なんとか楽になりたくて、この頃は信頼できる方のところへよく相談にも行きました。

 

私は転職がおおく全部で30社以上の様々な職種・職場で働きましたが、それは主にコミュニケーションのレッスンをしたかったのがあります。

 

職場にはいろんなタイプの方がいます。1社の人間関係をクリアするたびに、はい次という感じでした。

 

私にとっては仕事内容や給料そのものよりも、実地でいろいろな人にもまれる中で自分を磨き、そして人とちゃんと仲良くやっていけるようになりたかったのです。

 

おかげでお金はまったくたまらず出ていくばかりでしたが、人間関係さえクリアすれば大方の悩みは解決するとたぶんなんとなくわかっていたのかもしれません。

 

感情的な様々な葛藤はもちろんありましたが、だんだんと悩みから解放されていきあるときよし!クリアできた!と思えるほど
年ごとにだいたいどんな方とも楽につきあっていけるようになりました。

 

第4話 結婚、離婚・お金の苦労

 

 

20代後半で結婚し、2児の母になりましたが
次第に夫と私は人生に対する考え方やお金の使い方、教育、あらゆる面でかみ合わなくなり離婚することになりました。

 

いったん実家にもどりましたが私生活ではお金はゼロでした。

 

でもせっかく住まいも変え人生のあらたな始まりだからと思い、子供たちは前から親子ともども興味のあった念願のデモクラティックスクール(子供の自主性を大切にし、責任を伴う自由の中でそれぞれ自分のやりたい活動をする学校)に通うため3人で暮らすことにしました。

 

子どもたちは、夏休みなんてなければいいのに!というほどその学校をいきいきと楽しみました。

 

私はなんとか生活を支えるべくめいっぱい働きました。

 

しかし・・とある工場での仕事は、これからの自分の人生をあらためて考えざるを得ないような、ある意味貴重な経験をしました・・・。

 

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来る日も来る日も朝から晩まで重い鉄板や小さな部品をトレイに並べて機械にセットするだけ・・と、まるで本当にロボットがするようなことの繰り返し。

 

機械音はうるさく、大声で話さないと相手の声はほとんど聞こえないほど。(耳栓をする人もいました。)

 

ライン作業なのでポジションは決まっていて、人とたわいもない雑談もすることなく、何も考えずただ毎日決められた動線を行ったり来たり。

 

まるで機械の一部になったかのようです。

 

機械が止まれば修理が終わるまで、何時間も掃除しかすることがない。
何かしていないと怒られるので何度も何度も同じところを掃除して、年末掃除のように窓ふきまでします。

 

 

やりがいも面白みもなんにもない単調な仕事に、みんなまるで覇気がなく歩く屍のようでした。
つまらないので、みんなストレスがたまっているのでしょう。

 

笑顔もなくコミュニケーションも円滑でない、休憩時間にはタバコを吸いながら愚痴や文句ばかり。
いじめも横行していて、人間関係も最悪でした。

 

なかでも50〜70代の方が、「辞めれば年齢的にもう次はないから・・」と辞めるに辞められず、自分の娘か息子くらいの年の人間にアゴでこき使われながら必死で頑張っておられる姿をみるのはほんとうに耐えられないものがありました。

 

生活の為だ、仕方ない、納得はいかないけれども従うしかない、あの子の機嫌を損ねたら首になる。
命令だからしょうがない。・・・と。

 

そしてそれはわたしにとって他人事ではありませんでした。

 

 

このままお金もスキルも資格もない私が、誰かの下で働き続けていたらきっとこうなる。
プライベートではまず友達にはならないであろう人にああしろこうしろと命令される人生。
それは絶対にいやだ!

 

年齢や経験、知識などははるかに自分たちの方が先輩なのに、社会に出てきたばかりの新入社員やカタチだけの正社員というだけで、あるいは先に会社に入ったからというだけで、なぜそんなにも偉そうに命令されなければならないのか。

 

たとえ年齢が自分より上でも、わがままで自己中な尊敬できない「上司」とやらに振り回され時間とエネルギーを奪われる。
たいして行きたくもない「お食事やお茶」に実費で付き合わされても、行ってみればやっぱりそこはただの「悪口大会」。

 

家に帰ってからも「上司」からプライベートな時間に電話がかかってきて、会社の体制に対する文句や人間関係のグチを1時間以上聞かされることもよくありました。

 

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生活のためならがんばろうと毎日仕事に家事にと懸命に働きましたが、体力的にも精神的にも限界でした。

 

ある朝いつも通り子供を学校に送った後、電車に乗ろうと駅に着いたとき、何かがわたしの中でプツンと切れました。

 

「降参。」
駅の看板を見上げながら、心がはっきりそうつぶやきました。

 

もうここから足を洗おうと決心しました。
そしてそのころからもうこれからは人に雇われるのではなく、独立したいと思うようになりました。

 

第5話 ネットビジネスとの出会い

 

 

子供にとっては楽しい学校生活でしたが自分の限界がきてしまったため、 3年ほどで仕方なくまた実家に戻ることになりました。
そのころです。
ネットビジネスに出会いました。

 

文章を書くことで家に居ながら稼ぐことができる。
正しいやり方をちゃんと学べば月収何十万、何百万でも稼ぎ続けることができる。

 

子どもの生活に時間を合わせられ、自宅で開業できる。そしてパソコンとネット回線さえあれば世界のどこに住んでもいい。
会社にもどこにも「通わなければいけない」なんてことはない。

 

最初だけがんばって1度軌道に乗せればそのあとは今までよりもはるかに少ない時間、作業するだけ。
しかも初期費用がほとんどかからないので、お金も資格もスキルもなんにもない私にもできる仕事。

 

まさに夢のような仕事。

 

よし、これでやっていこう!
・・とはいえはじめはなかなかうまくいきませんでした。

 

やりたい!なのに怖い。 その心の壁にぶち当たりました。

 

今までずっと人の下で働いてきて、毎日言われたことだけを忠実にこなしていれば、一定額の給料がもらえていたのです。
ある意味それは「楽」で「安全」でした。

 

人間関係にさえ気遣っていれば(相当のエネルギーを使うとはいえ)業務的には専門的な難しいことはやってこなかったため、自分でビジネスなんてまったくの別世界でした。

 

パソコンもアマゾンで買い物くらいしかできない。
そんな私が“ネットビジネスで稼ぐ?”なんて、ほんとうにできるのだろうか・・・。

 

「出来る」という本心の声と 「難しい・・・」という自我の弱気な声が長い間、交錯しました。

 

・・・・・・・・

 

本当は「出来る」と知っているのです。
できないことは目の前にはやってきません。

 

ただアタマはいろいろな逃げる言い訳を何度もしてきました。
「パソコンや機械は難しくて嫌い」
「デスクワークで運動不足になるから、健康のために前からやりたかった水泳も一緒に始めよう」
「今週は忙しいから、○○が終わったらやろう・・・」

 

などなど・・・なんとか逃げる言い訳を何度も作っていました。

 

要は始めるのが恐かったのです。船に乗ってしまうのが恐かったのです。

 

・・・失敗したらどうしよう、続かなかったらどうしよう、人に非難されたらどうしようなどなど
まだ始めてもいないというのに、あれこれ想像し恐くて不安でたまりませんでした。

 

罪悪感もありました。

 

20歳のとき、エステサロンでのやり方の汚い営業の仕方によって精神が限界に達しトラウマになってしまっていたのです。(私自身も別のエステサロンで強引に60万の美容器具を買わされた経験があります。)

 

【※当時のエステというのは一般的に今よりかなりブラックで、お客さんを何時間も引き止めてかなり強引にローンを組ませたり、化粧品を買わせるための多少の嘘や演技は当たり前の世界でした。
※もちろん誠心誠意お客様のために尽くされていた方もいらっしゃいます。なお現在は法的にも規制され、無理な勧誘などはしないよう健全化されているようです。 】

 

自分の中で「お金」というものをお客さんから直接いただくということに対して、強い罪悪感が中々ぬぐえなかったのです。

 

 

でもだんだんと思い直したのです。

 

・・・ あれはお客さんをある意味騙して、相手のことをぜんぜん考えていなかった。
ほぼ自分たちの営業成績の向上のため、自分がのし上がるためのまちがった営業の仕方だった。

 

自分のことばかりで相手のことを思いやらない、相手の幸せを願わないビジネスはいずれ絶対に廃れる。
人から奪い取って不正な稼ぎ方をしたらそれは結局どちらも不幸にする。

 

でもこれから自分がやろうとしていることはあの時とは違う。

 

相手の幸せをこころからいのり、お客さんの役に立ちそして幸せになってもらう。
相手も自分もハッピーで向上するのならそれはウィン×ウィンであり、結果それがほんの小さな力であっても世界全部を明るく底上げする力になる。
全部世界はつながっているから。

 

だから、全体の繁栄のために私は今、この目の前にやってきた仕事に全力を傾けなければならない。

 

みんなが一刻も早く日々の苦しみから解放され、本当の意味で自由になりそれぞれの個性を発揮して活躍していけるように。
たいせつないのちを生かせるように。

 

全員の繁栄をねがい、いのり続け、できることを実行していくなら何をやってもいい。
どんな経験もかけがえがない。
これは「豊かになりなさい、もっと裕福になりなさい。」と天があたえてくれたチャンスだ。

 

そのチャンスを蹴ってはいけない。
挑戦しよう、チャレンジしてみよう!

 

自分も含めたすべてのひと、つまり【全体】が裕福で豊かで栄え続ける世の中をこれからどんどん創りつづけるんだ!

 

その意思が強まるにつれて、行動はどんどん加速していきました。

 

第6話 苦しみや不安、悩みから解放され、皆で栄え続ける豊かで幸せだけの人生を送りたい

 

 

私はいままでたくさんの人に出会い、教えてもらったり、お世話になったりし続けてきました。
これからは自分が「提供する側」でありたい。

 

自分が自立し、人にふるまえるくらいの人でありたい。

 

そして今日いただいた時間(いのち)とお金を全体の繁栄のために使うことで世の中に貢献し、それが巡り巡って自分に還ってくる。

 

そうやってお互いに繁栄していきたい。
そう思ってこれを書いています。

 

いままで人は世界には幸せもあれば不幸もある。苦あれば楽ありと教えられてきました。
私自身が苦労は買ってでもしなければならないと本気で信じ、まるで修行のような人生でした。

 

でも私は、それは本当は違うんだと分かりました。神様はそんなこと求めていない。
苦労したら幸せをあげるよ、なんて神様はそんなケチではないし、条件付きのちいさいことは言いません。

 

宇宙のながれ(全員で栄え続ける意思)に沿ってさえいれば、苦労なんてわざわざ選ばなくてもらくらく行けるようになってる。

 

朝起きて、今日もあたりまえのように与えられたこのいのち。
ほんとうに、どこかその納得できない嫌なことは無理やりしなければならないのか。

 

もし命があと10日だとしたらどうだろう?
昨日やったことをまた、同じように繰り返すだろうか・・・。

 

ただ流されるまま生きるのが決して悪いわけではありません。
それも一つの選択で、個人の選択は等しく尊重されるものです。

 

ただ、その流れているところが、よどんだ泥水であったり心をもみくちゃにされるようなつらい現実だったなら ・・・
あるいはまあまあな生活だけどもっと裕福になりたい、今よりもっと楽しく生きたいなら・・・
少しだけ、あるいは思いきって、そこから離れようと決めるのも選択のひとつかもしれません。

 

 

第7話 すべての魂は現状維持ではなく発展・繁栄し続ける人生を本心では望んでいる

 

 

 

私は今までずいぶん遠回りをし、さまざまな失敗をしてきました。

 

しかし大切なのはたった今、そしてこれからであり、これからをどう生きたいか?
そう考えたとき、今、目の前のことを一生懸命取り組むことはもちろん大切なことです。

 

でもその前に、少しだけ立ち止まって
「自分はほんとうのところ、どうしたいのか、どうありたいかな?」をいちど制限なしに真剣に考えてみて欲しいのです。
それは今よりもさらに素晴らしくもっと幸せな人生へ向かうスタートになるからです。

 

なぜなら、そのあなたのこうありたいという願い、そしてやるぞと意思こそがすべてを動かしはじめる原動力であるからです。

 

ほんとうに心からの願いを「そんなことまあ無理だろうな・・」というのは「無理だろう」といつか世間や誰かから教えられたことを、あなた自身がすっかり信じてしまって、疑うことがなかったからです。
その考え方をあなたが【採用】してしまったのだけだったのです。

 

そのうえ周りのひとがみんなそうであったら、「社会ってこれが当たり前だよね」となにも疑うことなく日々の生活に追われていってしまう。
なにせあなたは一生けんめい朝から晩まで働いて休む間もなく、テレビも新聞もこれでもかと言わんばかりに不安や恐怖をあおる情報ばかりですから、ご自分の大切な人生について落ち着いて考える暇もなかったのではないでしょうか?

 

・・・・・・・・

 

本当は私たちは、もっともっと豊かに栄えることが出来るし自由になれるのです。
なれるというより、むしろならなければならない。
でないと、死ぬときに「何のために私は生きてきたのだろう、自分の人生はいったい何だったのかな・・・」 と後悔することになるかもしれません。

 

人は、自分のやりたいことを犠牲にして会社に尽くしたり、他人の自己満足やエゴを満たすために生きているのではありません。
納得いかないことをするために今日があるのではありません。

 

自分と自分にまつわる世界すべてをさらにしあわせに繁栄させるために生かされているのです。
そのために意識とからだを天からいただいています。

 

もちろん不自由や不幸を心から望んでいる人なんていません。
でもみんな、いつか心に秘めた希望はあったのだけど、いつの間にか日々の怒涛の忙しさや、「人生ってこんなもんだよ」という一般常識によって心の奥底に閉じ込められてしまった・・。

 

でも社会の枠組みや会社、一般常識に縛られなくても、本当はもっと自由にしあわせに生きていけます。
そしてその扉はすでに今、大きく開かれています。

 

 

第8話 終わりに

 

 

これから時代は本格的にどんどん変わり、そう遠くない5年〜10年後 AI によって多くの職業は機械に任されるようになるそうですね。

 

私たちが幼少の頃存在しなかった携帯電話やスマホ・ゲームなどは、今の子どもたちにとっては生まれたときから当たり前のものです。
インターネットの普及により、今では小学生でも YouTube などネットで稼ぐ時代です。

 

加速度的に進化するこの世の中、これからどんな仕事やモノが出現するかわかりませんし、ライフスタイルも変わり、考え方、価値観も今の常識では考えられないことがさらに出てくるでしょう。

 

そうなったときに困らないよう、今のうちから準備を始める人がどんどん出てきています。

 

仕事が生きがいで今の会社が大好き!この仕事が楽しい!毎日がいきいきと充実している!という方ならまったく問題はないのです。

 

ただ多くの人は「そりゃ仕事は大変だし、正直に言えば好きなことして暮らしてみたいけど、生活のために仕事をするのは仕方ない
ことだし、やらないわけにいかない・・・。」が本音ではないでしょうか?

 

私もずっと仕事は当たり前と思って生きてきたのでとてもよくわかります。

 

でも今はあなたの得意なこと、好きなことを他に提供することで、人生をまるまる変えられる時代です。
イヤな仕事を無理にやるのではなく、あなたの得意なこと、好きなことをどうぞ生かしてみてください。

 

みんな個性があります。

 

イラストを描くのが好きな人。
料理や子育てや子どもが好きな人。
クイズやゲームが好きな人、
数字が得意な人。
コツコツとものを作るのが得意なひと。
接客が得意で社交的なひと。
車や乗り物が好きな人。
宇宙に興味がある人。
植物が好きな人・・・あげたらキリがありません。

 

その個性や才能・好きなことを生かして、必要な人に教えあう、提供しあう。
そのためにたくさんの人が生かされているのだと思います。

 

あなたがその好きなことに蓋をしたままなら、その才能は次第に眠っていくかもしれません。
使わなかったらそれは存在を消してしまうかもしれません。

 

個性や才能や好きなことは、自己満足のためだけではなく、ほかの人を助けるため、それを必要とする人の役に立つためにあるのだと思います。

 

今はネットがあるので肩書も資格もコネもお金もなくても大丈夫です。始められます。

 

朝、無理やり起きなければならないこともなく、
自宅でもリゾート地でも世界のどこでも
1日何時間も仕事に拘束されることない
そして、キツキツではない豊かなお金を自由に使える。
そして人にも感謝してもらえる・・・

 

なにより、あなたの好きなこと得意なことを発信することで豊かな生活ができるということです。
もう納得いかない仕事をする時代ではありません。

 

私はあなたとともに今までとはまったく違う本来の素晴らしい世界にあたらしく住みたい、そう心から願っています。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

私は仕事でも趣味でも、何か一つのことをやり続けるのが苦手な究極の飽き性でした。
おまけに完璧主義で何をするにも時間がかかりずいぶん遠回りしました。

 

今これを読んでくださっているあなたは、私よりもずっと粘り強くひとつひとつの事に取り組んでこられたことと思います。
ひとたび進み始めれば私よりずっと短期間で理想の人生へとたどり着かれることでしょう。

 

あなたがもし今よりもっと豊かで、身も心も本当に自由でワクワクするような生き生きした人生に興味がおありでしたら、下記の無料メールセミナーを受講されてみるのもいいかもしれません。

 

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もし、お気に召されなければ1クリックで解除できますので、どうか安心してくださいね。
「とりあえず無料だし読んでみてもいいかな・・」くらいで全然大丈夫です。

 

ほんの少しでもあなたのお役に立てることができたら、私は嬉しいです。

 

ご質問や思われたことなどは(雑談でもいいです)どうぞお気軽にメッセージをいただければと思います。
著者にメッセージを送ってみる
(頂いたメッセージすべてに返信できるかどうかはわかりませんが、朝一番にかならず、最初から最後まで読ませていただいています。 )

 

私はあなたと一緒に【豊かでわくわくする自由な人生】を歩み続けることができれば、こんなに嬉しいことはありません。

 

 

 

追伸

 

よく言われることですが、私は本物のスピリチュアルというのはふわふわ得体のしれないものではなく、
れっきとした科学だと思っています。

 

宇宙の理、絶対的ルールがあり、それに沿うものは繁栄し続ける。
沿わないものは、お金の病気(貧困)、身体の病気、などにより衰退していく。

 

沿う道は、自分のことだけでなく自分にまつわるすべての存在(つまり宇宙すべて)の永遠の弥栄のために皆で邁進していこうと生き生きと自主的に進んでいく道。
沿わない道は、自分や家族のことのみでほかは関係ない、しかも自分の人生は国や会社・他人にコントロールされているから仕方がないといった被害者的態度で頂いた命を生かさず自分自身が人生をあきらめてしまう道のことです。

 

本当に栄えている人は、必ず周りの繁栄のために働いていらっしゃいます。
自分の自己満足のためだけに自分だけ突き抜けることは本来はできないのです。

 

時代は、皆で栄え続ける世になりました。
今までの世界はある意味にせものでした。
これからがまさに本物の世界の始まりであり、それが本来の宇宙の姿であり本質です。

 

全体すべての弥栄のために邁進する決意ならば、必ず自分も満たされます。
なぜなら自分も全体の一部だからです。

 

宇宙のほんとうの発展はこれからであり、ここからが本物のスタートです。
わたしはあなたと一緒に宇宙のルールに沿って、楽々とわくわく邁進していきたいと思っています。

 

これを読んでくださっているあなたと共に、永遠の弥栄を創造しつづけるために・・・

 

 

 

お礼

 

ここまで長い文章を読んで頂き、本当にありがとうございました。

 

あなたとのご縁にこころから感謝いたします。
いつの日かお会いできるかもしれませんね。
そのときをとても楽しみにしています。

 

 

 

AKIKO

 

 

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