貯金があるからといって安心していていいの?

貯金があるからといって安心していていいの?

 

少し前の記事、将来の不安のための貯金は、効果なし
について、少し補足させていただきます。

 

 

 

 

出すことでさらに巡ってくるのは真実

 

お金でも愛でも知識でもすべてのモノゴトは、出すことでさらにかえってくるのは、確かです。

 

お金 循環

 

ただ申し上げておきたいことは、あの記事はとくに以下の方々に向けて書かせていただいたことをご理解ください。
それは「貯金は将来、安心して生きるため絶対に必要」「貯金は正しいことである」という考えに強くとらわれているひとに向けてです。

 

 

世の中には、「イザというときのため」にとにかく貯金、貯金という考え方(常識)に洗脳されて、お金を使えないひとがたくさんいます。
とくに昭和に生まれたひとは(私も含め)貯金は美徳だと育てられてきたので、多くのことをガマンして何かあったときに備える人がおおいかもしれません。

 

 

ただ、いまの若者にお金がまわってこないのは、シニア世代の方たちがずっとため込んでいるからだそうです。高齢者のひとが、タンスや定期預金として蓄えているお金を世の中にまわしていけば(循環させれば)経済が飛躍的にアップするのです。「使わない」ことで流れをせき止めてしまっています。

 

 

私のまわりにも【たのしみ・豊かさ・チャレンジ】といった生まれたときに元来もっていたはずの人生の本当の目的を見失い、たましいの望みをガマンし、貯金額を多くすることばかりに終始している方がおられます。それは不安や恐怖を理由に本当はやりたいことにフタをしているのですが、たしかに自我(エゴ)は満足です。しかしたましいは相当の痛みを感じています。

 

ハート、痛み

 

お金のコレクターではあるまいし、貴重な人生経験を犠牲にして、お金を貯めること自体を目的にしている、そういう方々に申し上げたかったのです。

 

 

しかしある程度、貯金をすることも大事

 

一方で、たとえば私の場合を例に出しますと、私は貯金をする習慣があまりなく、いつも使いきってしまう傾向があります。

 

 

手元にあるお金は貯金するよりも、自分の脳みそや魂の進化、こころからの喜びのためにすすんで投資することを優先していますので、そんな私のような人にむけてわざわざ「貯金は必要ありません」と説く必要はないわけです。余計、火の車になります(笑)

 

貯金 なし

 

以下は貯金の大切さのおはなしです。

 

 

 

古代バビロニアに伝わる、お金を増やす7つの法則があります。そのうちのひとつに「収入の1割を貯金にまわす」というものがあります。

 

9割しか使わないと決めれば、本当に自分にとって必要なものを考えるから、優先順位の低い欲望を切り捨てることができる。そうすれば、いちばんやりたいことのためにお金を使うことができるというものです。

 

 

参考【バビロン大富豪の教え】より

 

 

 

この考え方は、わたしにとっては新鮮であたらしく取り入れるべき考え方でした。しかしふだんから貯金をしつづけているひとにはとくに必要のないメッセージでしょう。

 

また【類は友をよぶ】といいますが、手元にあるお金がさらなるお金を引き寄せるという側面も無視できません。

 

いつもお金がない、ない、と切迫した心理状態(=バイブレーション)より、いくらかでも「たくわえがある」というマインド面での安心は最低ラインの精神状態を保つうえでも無視できないものがあると思います。

 

 

真実はひとつではない

 

上記のようにひとつの真実が、いつ何時もすべての状況・人にあてはまるわけではありません。

 

 

【真実はなにかひとつ】と限定されているわけではなく、【それぞれすべては真実】なのだけど、片方にかたよることでモノゴトが滞ってしまう、というところが実際なのです。

 

 

そういう意味ですべてはバランスになります。

 

 

貯金ばかりでも、まったく貯金がないのも、どちらもうまくいきません。

 

 

貯金は【陰】であり、出費は【陽】です。陰ばかりでも腐ってしまうし、陽に傾きすぎると燃え尽きます。

 

 

とはいえ順番としては、あくまでも出す方【陽】が先です。赤ちゃんが「オギャア」と息を吐いて生まれ【陽】、死ぬときは息を吸って(引き取って)亡くなる【陰】と同じです。ふだんの瞑想においても息を出す方(吐く)が先になります。

 

瞑想 いのり

 

 

ですので【貯金は不要】も【貯金は必要】もどちらも真実なのですが、主軸としては、出費(出すこと)が先であり、基本になります。

 

 

 

それはたましいも満足している豊かさか?

 

貯金をずっとしてきて、お金の面で安心を手にしているかたは多いと思います。「これも一生懸命はたらいて貯金してきたおかげだ」と思われるのはよくわかります。

 

 

しかし(もちろん人にもよりますが)いま一切のお金の心配なく悠々と暮らしているひとの中でも、その安心は根底(魂底)からの安心ではないことが多々あります。

 

 

(過去世でものすごくお金に苦労した人が今世ではお金の苦労だけはしないと決めた場合もありますので一概にはいえません。いろいろな役割の人がいます。)

 

 

キツイ言い方かもしれませんが、過去の傷に向き合いたくないひとは、生涯をとおして貯金や形式的なカタチを保つことにこだわりがちです。表面的なかりそめの安心でごまかそうとするのです。とても保守的な生き方とも言えます。

 

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逆に、先祖代々にまでさかのぼる過去の傷に向き合い、心底から浄化にとりくみ、未来永劫・絶対的な安心を手にしたいと望まれるかたは、ときに非常にキツイ【お金の病】【からだの病】に見舞われることがあります。

 

 

もしあなたがそうであれば、それはあなたがその傷に向き合い、みすえて浄化できるだけの器に拡大されたということです。

 

 

クリアできないことは目の前にやってきません。あなたは、かならずそこを【超越】できるからこそなのです。

 

 

もちろん、渦中にいるときは痛みをともないます。傷が浮上するのですから涙も出ますし、心はかき乱されとても痛いです。

 

 

しかしそれは、台風が大地を浄化してくれたあと晴天になるように、さけては通れない浄化の道です。あなたがさらに拡大するための、輝かしいチャレンジなのです。

 

 

青空 虹

 

 

いま、目のまえにあるお金の状況・からだの症状などは、過去の傷が浮上するためのキッカケ(トリガー)にすぎません。その出来事をつかって(キッカケにして)かくれていた過去の傷が浮上してきてくれたのです。

 

 

人生は、安心・安全に暮らし通すことだけが目的ではありません

 

たしかに安心・安全に暮らすことは、生命を保つうえでなくてはならない最低条件です。しかしそこだけに終始し、それを第一目的としてチャレンジや喜びを犠牲にすると、本来の目的【進化・発展】がおざなりになってしまいがちです。

 

 

保守的な生き方をする多くのひとは「いざというときのために」「なにごともなく安全に・・」が口グセだったりしますが、それですと本当に魂レベルで「なにごとも」起こせなくなります。

 

 

表面をなぞるだけの浅い人生になるのは、せっかくの命をいただいているのにもったいないことです。潜在的な部分にまでアプローチできていないと、たましいに革命を起こすことができません。

 

 

貯金をするのはなにかに使うよろこびや、あらたな進化のため、あるいは全体に貢献するためであり、なんとなくエゴの不安を埋めつづけるためではありません。

 

 

不安は浄化するものであり、お金で誤魔化してはいけないのです。心底にある不安や恐怖を見て見ぬふりをしてどれだけお金をためても、あいかわらず不安はそこに存在しつづけます。

 

 

貯金があるから大丈夫と不安感情にフタをしていても、もし銀行が破産したら、あるいは火事になったら、病気や事故にあったらどうでしょうか?貯金があるから安心、というのは条件付きの安心です。家があるから安心、結婚したから安心なども同様です。

 

 

なにかが【アル】から安心というのは、条件付きですからニセモノです。なぜならその対象物がなくなれば消えてしまうからです。

 

 

しかし本物の安心は、無条件であり、根拠もなく、理由はありません。

 

 

たとえ、いま目の前にお金がなくても、不快なからだの症状が出ていても、それは一時的なものであり【進化中】だと信じられていることが本物の安心です。

 

進化、成長

 

そして、その一見マイナス・あるいはゼロと思われる状況から、無限の進化・発展・繁栄を自分自身がつくり出すことができるのだと分かっていることこそが、ほんとうの根本的な大安心です。

 

 

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