【自立したい】・・どこか不安なあなたへ

【自立したい】・・どこか不安なあなたへ

自立したい、経済的にも精神的にも。

 

だけれども、どこか不安で何かが不安ということはありますか?

 

「やっていけるかな?(お金)」
「やっていけるかな?(パートナーなしで)」
「やっていけるかな?(体力、気力)」
「やっていけるかな?(人間関係)」
「やっていけるかな?(仕事)」
「やっていけるかな?(自立できるかな)」

 

いろいろな不安があるかもしれません。

 

自分だけなら何とかやっていけても、もしあなたに子供さんがいらっしゃるなら、子供さんも支えていかなければいけない。

 

私は、女性の自立が大事ということを常々感じていていますが、自立したくても不安でできない・・というあなたに向けて書いてみます。

 

 

 

 

ネガティブワードを信じてはいけない

 

自立するというのは、人によっては、はじめは不安かもしれません。

 

 

今の時代、日本では女性でも男性でも自立することはできます。

 

 

しかし、たとえば「お前にはできない」とか「お前には無理だ」などと言われて育ったひとは、自己肯定感がとてもひくいので、どうしても自分に自信が持てません。自分ならできる、私ならできるとなかなか思えません。

 

 

もちろん、「ならばやってやる!」「見返してやろう!」と思うひともいるでしょう。

 

 

しかし小さいころからネガティブワードを浴びせられてきた人は、子供というのは純粋ですのでそのまんま信じ込んでそのまんま大人になるというケースは多いかもしれません。

 

 

教育というものは、ほんとうに大事なものです。そのひとの一生を左右してしまうほどの影響力です。

自立したい、自分は出来る、自分には無理

 

もしあなたが心当たりがあるなら、そんなネガティブワードは絶対に信じないで欲しいのです。

 

 

それは、呪いの言葉であり、呪詛と同じです。

 

 

「呪」という言葉は、縛り付けるという意味です。あなたが飛躍し活躍することを許さない、自由にさせない、縛り付けるエネルギーになります。

 

 

もちろん親や先生などは表面意識では「心配して」言っているコトバかもしれません。しかし、子供の可能性を信頼せずに狭い視野で「おまえには無理だ、できない」などと断定するのは、本物の愛でしょうか?

 

 

わたしは本物の愛以外のものを信じることを、ある時からやめました。

 

 

なぜならこの世は愛や希望やよろこび・楽しさ・発展進化で出来ていて、できないとか無理とか失望・苦しみ・・そんなものは非常に不自然な概念であり、人間自我が勝手につくったイリュージョン(幻覚・幻想)だからです。

 

 

まぼろしを信じてはいけない。あなたはできるし、できないなどということはない。

 

 

まぼろしを信じてしまい真実を見失うと、道に迷うことになります。

 

 

愛か、記憶か。

 

言ったことはかえってくるというのも事実です。

 

 

いつの時代か誰かに言い含めたことがあるから、自分にもかえってきている、たしかにそれはあります。

 

 

しかし、そんな自分や、言った相手を責めることはもうないのです。

 

 

以下は【ホ・オポノポノ】のヒューレン博士の言葉です。
「愛か、記憶か。私たちは毎瞬、2つのうち、1つしか選べない」

 

 

悪いとわかっていながら間違いを犯したことのないひとはいません。みんな経験のひとつとしてやっています。

 

 

今わたしたちが選ぶことができるのは、
@記憶をもとに記憶を基準にして行動することもできるし
A過去の記憶ではなく、今ここに立ち返り、愛を選択して生きていくこともできるのです。

 

 

やったことや、やられたことを主軸にしてモノゴトを選択してもいいし、過去は浄化&昇華させて、あたらしく愛ある道を選択することもできるということですね。

 

自立したい、自分は出来る、自分には無理

 

ですから、ぜんぶ「まあいっか、そんなこともあったな」と許して、まっさらなあたらしい道を歩むことができると思うのです。

 

 

【自立する】というのは、苦しみを引き受けることではない

 

自立することは、苦労しながら、ゼイゼイ言いながら必死で生きることではありません。

 

 

苦しみを引き受けることではないのです。

 

 

たとえば赤ちゃんが、自分の足で立つことは=苦しみではありません。よろこびであり、おめでたいことですね。

 

 

赤ちゃんは無理をしません。機が熟すと、自然に立てるときがくるのです。ひとによって当然早い遅いはあります。みんな1歳の誕生日になったら全員が立てるわけではありませんね。

 

 

これは努力とかではなく、自分で立つというより立たせてもらっているとも言えます。
我力で生きているというより、生かせてもらっているとも言えるのです。

 

自立したい、自分は出来る、自分には無理

 

その流れを信頼することは、大切なことだと思います。

 

 

もし、機が熟していないのに赤ちゃんを無理やり立たせようとすることは不自然です。骨がおれてケガをするかもしれません。文字通り、骨がおれるほど大変なことになるかもしれないのです。

 

 

だからといって自立できるのを後回しにして、怠惰にすごすのが良いわけではありませんが、まず大切なのは立てる自分を信じることではないでしょうか。

 

 

「自立する」は自分の足で立てることを信頼することです。だれか特定のひとに依存しなくても、社会との相互関係のなかで、自分の足で歩んでいけるんだ・・と信頼することです。

 

 

そのような、ごく自然なことに苦しみなど伴わないと思うのです。むしろ、自立できないことの方が苦しみであり不自由であり、もどかしさがあります。

 

 

自分への信頼なしに、(つまり「自分には無理」と思ったままで)無理やり行動に移しても、うまくいかないでしょう。

 

 

根底から自立できることを信じていないわけですから、やはりそこには困難が伴いますし、無理をすると病気になるかもしれません。

 

 

ですので、あなたがあなたのことを信頼することが大切なことです。心身を立て直すこと、芯をしっかりたてること。気持ちがブレブレだと外側もブレてしまいます。

 

 

※以下は関連記事です。

橋本雅さんのブログから学ぶ、経済的に自立する方法

 

【経済的自立】こそが女性のしあわせにつながる

 

 

 

 

 

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