「自分からは話しかけられない」は思い込みかもしれません

「自分からは話しかけられない」は思い込みかもしれません

 

 

「自分からは積極的に話しかけられない」
つい引っ込み思案になってしまう。

 

そういったことでコミュニケーションに悩まれていらっしゃる方は、世の中にとても多いです。

 

実は私もそうでした。

 

しかし今ではむしろどういった場面でも、自分から話しかけられるほどになり
コミュニケーションについては悩むことはほとんど、なくなりました。

 

 

 

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まずはじめに申し上げたいことは、引っ込み思案や消極的なこと自体は、何もマイナスなことではありません。

 

と同時に、ある意味でしゃばり?で積極的なのも、ネガティブなことではありません。

 

【積極的】【消極的】の両方とのつきあい方があるだけで、
どちらが良い悪いという話ではないのです。

 

【消極的】だと思う方は、大体ふだんから優しく、受け入れ上手で人の気持ちが分かり、
おだやかでそばにいると落ち着き、癒されます。

 

【積極的】だと思う方は、パワーがあり自分からどんどん道をひらいていけますし、
力強く大変たくましいですが、我が道を行くという感じで、時にひとの気持ちを置いてきぼりにしがちです。

 

 

じつはあなたは本来、このどちらの性質も内面にもちあわせています。

 

人はだれでも、
【わたしは癒しタイプで消極的】
【ぼくは積極的でがんがん進むタイプ】などと
いつ何時も固定された存在ではありません。

 

すべてのいろいろな要素を、多かれ少なかれもちあわせているのです。

 

ふだん、どんな要素をおもてに出しているかが、人によってちがうだけなのです。

 

表に出している部分を、世の中では【性格】と呼んでいます。

 

しかし裏には他のいろいろな部分がかくれています。
おもてに表れていないだけです。

 

同じ人のなかでも、時と場合によってそれは変わります。

 

Aさんは、Bさんの前では消極的であっても、Cさんの前だととたんに積極的になったりします。

 

さらにAさんは昔は短気だったのに、いまはすっかりまるくなった・・など時がたてば、性格など移ろいやすいものです。

 

ですから、【性格・タイプ】というものは、その時々の立場・役割の表現であり、表面的なもので
生涯にわたりその人に固定されるものではありません。

 

 

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人は長年、特定のふるまいを重ねていった末に、
そのクセ(習慣)がすっかり身についてしまうものです。

 

それは【習慣】であるだけで、単にあなたの長きにわたる習慣、であるだけなのです。

 

それは、性格だから、という固定されたものではありません。

 

【性格】というのは、ただ単に、いままでの習慣と言ってもよいでしょう。

 

たとえば、なにごとにも短気で「チッ!」と腹をたてる人がいます。

 

その人は、腹をたてることが毎度毎度のクセになっていて、思いどおりにならないことがあると
いつもの通り「チッ!」という反応をするのだ!と脳が学習しています。

 

長年のくり返しにより、そういう風に反応が固定されてしまっているだけです。

 

ですから、その人は短気に反応する習慣が単なるクセになっているだけで、
その人=短気というわけではないのです。

 

【短気な反応を、選択してしまう回数が多いひと】というのが、より正確な表現です。

 

アタマで考えなくてもクセになっているので、自動的に反応してしまっているだけなのです。

 

もはや本人は完全に無意識です。
昨日誰かに怒ったことなんて覚えていないかもしれません(笑)

 

同じように、「自分から話しかけられない」という性質も、固定されてはいません。
それを繰り返した末、話しかけられない状態が【習慣】になってしまっただけなのです。

 

少し振り返ってみてください。
いままで、ある時ある人のまえでは、自分から明るくフレンドリーに積極的に話しかけたことはなかったですか?
(現在でも過去でもかまいません。)

 

なのに、なぜそれ以外のひとには話しかけられないのでしょうか?

 

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それは、恐れが原因ではないでしょうか?

 

なぜ恐いかといえば、なにかトラウマがあるか、あるいはただ単にその人と話すことが未経験だからです。

 

トラウマに関しては浄化が必要ですが、
単に未経験からくる恐さであれば、慣れていないだけです。

 

相手が話しなれた人、例えば家族や友人なら、もう何度も話しているので安心して話せます。

 

しかし、初対面や慣れない人だと、その人と接するのは未経験だからこそ恐いのです。
警戒してしまうのです。

 

これは誰でもそうであり、人間の本能ですので仕方がありません。
むしろ、正常な反応です。

 

はじめての人に警戒するのは、むしろ当たり前の反応です。

 

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ここで、気づくべき大切なことがあります。
あなたが、相手に対して警戒しているということは、相手もあなたに対して警戒しているのです。

 

相手は、あなたが恐いのです。

 

相手はあなたのことを知りません。
どんなひとなのかな?こう言ったら失礼かな?どんなことをいえば笑ってくれるだろう?

 

あなたが、あれこれ不安に思って沈黙している間、相手はもしかしたら、あなたよりずっと不安な気持ちかもしれません。

 

不安のストレス値をいちいち何かで計測することはできませんので、
ここは想像しかできませんがその可能性は十分にあります。

 

ですので、ここがあなたの出番です。

 

相手を安心させてあげられるように、何でもよいので、あなたから話しかけてあげてください。

 

「今日は寝不足で眠い」とか、「電車が遅れて慌てたよ」とか、「昨日はペットの犬が○○で大変だったけど可愛い」とか
ほんとうに何でもいいのです。

 

流れをこっちからつくってしまうのです。

 

ただし、たいせつなことはあなたの話をすることです。

 

相手はあなたのことが分からずに不安になっているのです。

 

ですから、できるだけ芸能人の話や一般的なニュースなどではなく、
あなたのちょっとした趣味や行動など、あなたを中心にしたまわりのできごとを話すと

 

相手は「ああ、こんな人なのだなあ」とあなたに関する情報がわかって安心させてあげられます。

 

すると、相手は警戒心を解いてあなたに自分のささいなことを、少しづつ話してくれます。

 

そうやって、だんだんとお互いに警戒心がうすれていき、垣根がとれていき、あの息苦しい沈黙の雰囲気はなくなります。

 

これは、あなたが仲良くなりたいと思える、ほとんどの人に対して有効です。

 

職場で、嫌でも付き合わなければいけないクセのあるひとに対しても、ある程度効果があります。

 

というのは、どんな人でも、相手に心を開いて話してもらえると嬉しいからです。
話題を提供されること(与えてもらうこと)は嬉しいからです。

 

心を開くというのは、自分の正直な感情を話すということです。
出来事だけではなく、それに関してあなたがどう思ったか、なにを考えているのかを、相手は一番知りたいのです。

 

出来事だけ知りたいのであれば、べつにあなたとではなく他の人とでもいいし、ネットやテレビからでも情報は拾えます。

 

相手がつながりたいのは、あなたという生身の人間であって、あなたの人柄自体に興味があるのです。

 

もし、あなたがご自分の人柄や個性に自信がなくてもいいのです。
あなたが短所と思っているところは、もしかしたら相手にとって魅力的かもしれないからです。

 

相手に自分はだいたいこういう人間なのだと知ってもらうだけで、相手もあなたとのつきあい方を考えてくれます。

 

世間話程度のほどほどかもしれないし、意気投合してすごく仲良くなるかもしれません。

 

いずれにしても、たとえ世間話だけの関係であったとしても、ほどよい距離感でそれなりに楽しくつきあえてしまうのです。

 

少なくとも、重苦しくとてつもなく時間が長い、気まずい雰囲気になることはありません。
沈黙だけで何も話さないと、耐えられない空気になるのはあなたも体験されたことがあると思います。

 

おたがいに警戒の波動をビシバシと出しているので、ストレスレベルがMAXになり、長時間は耐えられなくなるのです。

 

こうなると、おたがいが嫌いになり、【苦手な人】として認定されます。

 

自分の中でそういう【苦手な人】が、ひとり、ふたりと増えるたびに
【わたしは、コミュニケーションが苦手なひと、引っ込み思案なタイプ】と
決めてしまうことになるのです。

 

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ただし、いわゆる仲良くなりたくない人、(たとえば人をおとしめる人、批判的な人など・・)に対しては、なんでもかんでもさらけ出してはいけません。

 

つけ入れられないように、ガードすることも大事なことです。

 

そのあたりは注意が必要です。

 

はじめのうちは、そういった難しいひとよりも、この人なら話せるかも・・
と思うような人からはじめてみてください。

 

たったひとりで構いません。
一番話しかけやすい人を選んで、あなたから心を開いて自分の話題を提供するということを練習してみてください。

 

最初の1歩目がたいせつです。
いきなり難しいひとからチャレンジすると失敗しやすく、傷ついたりして
「やっぱり自分はダメかも・・」ということになりかねません。

 

聞いてくれそうな優しいひとからで構いません。
それができたら、すこしづつ、別の人にもチャレンジしてみてください。

 

そうして、ひとり、またひとりとクリアしていくごとに、かならずその難しいひとに対しても
いい塩梅で対応できていく自分に気が付きます。

 

そうなれば、あなたの中からおおかたのコミュニケーションの悩みは消えているでしょう。

 

そして、回を重ねるごとに、あなたは自信が湧いてきます。

 

あなたはだいたい誰とでも自信をもって話せるようになっていきます。

 

 

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コミュニケーションの技術に関しては、学校では教えてくれません。

 

こんなに人間の生活と切っても切れない超重要なことにもかかわらずです。

 

ですから、コミュニケーションに関してはみんなうまくできなくてむしろ当たり前ですし
自分で勉強し実践するしか方法がないのです。

 

人とのコミュニケーションは誰であっても一生ついて回ります。
たったひとりでジャングルで生活するなら別ですが・・。

 

ですから、一生おなじ問題で悩みつづけるのは、まちがいなく苦しいことですので
あなたがもし今悩まれているのでしたら、練習すれば間違いなくうまくなります。

 

話しかけやすそうな優しそうな(易しそうな)人に対して場数をふむことが自信につながり、
その後、難しいひとに対応するときの勇気につながります。

 

世間には多種多様な人々がいますから、どんなひとでも、勉強の材料になってくれます。

 

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人とつながるということは、かけがえのない喜びであり、生きるエネルギーです。

 

人との一体感ほど、人間を幸せにするものはないのではないでしょうか?

 

私たちはもともと大きな生命体(宇宙)の一部分として、ここに個々のいのちを今日もいただいています。

 

ひとと繋がるということは、自分は孤独ではなかった、みんなと(宇宙すべてと)一緒だったのだと確認できる
なによりの安心と深いよろこびを感じられることです。

 

人間の感情や性格に良い悪いはありません。

 

あなたが感じたそのままの感情や思い、差支えのない程度のプライベートを、
あなたが先に提供してあげてください。

 

なにごとも、はじまりは出すことからです。

 

赤ちゃんが生まれるときに息を吐き出して生まれ、亡くなるときは息を引き取るように

 

ものごとのはじまりは、出すこと・発すること(出発)から始まります。

 

話しかけてもらえるのを待つのではなく、あなたから相手に話しかけてみてください。

 

そこから、あなたの新しい世界がスタートします。

 

 

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