【良い悪い】をやめたい

【良い悪い】をやめたい

 

学校に行っても行かなくても、勉強ができてもできなくてもどちらでもいい。
すべての子どもは、それぞれにすばらしいです。

 

 

 

 

自分の例

 

いつも私事で恐縮ですが・・

 

今までわたしは2人の子どもに対して、上の娘には生まれたときから、ほめてほめて育てました。
子育ての講座で、「一日10回以上は子どもをほめましょう」と教わり、その通りにしていました。

 

逆に下の息子には当時のいろいろな事情も重なり、いつも叱って育ててしまい悪循環におちいってしまいました。
わたし自身が男の子の言動が理解できず(許容できず)怒るのが常でした。

 

考えてみれば、自分の価値観にハメようとしていたのです。

 

歯磨き・お風呂・片付け・お手伝いその他もろもろ・・

 

そのすべてを、思い通りにならない息子の行動を【正そう】としていました。

 

その後、あるときを境に息子は学校へ行かず、ご飯も食べず、ゲームに引きこもるようになりました。
元気がなくなり肩を落としてほとんど話さなくなった息子を前に、私は大切なことを教えてもらいました。

 

 

ものごとには【良い・悪い】はありません

 

なにかを裁くことはしなくていいのです。

 

ダメだとジャッジする必要はないし、逆に良いとほめる必要もない。

 

例えば、無遅刻無欠席で学校に行ったり、宿題をきちんとしたり、成績が良かったとき、お手伝いをしたとき「○○ちゃんえらいね〜」と、ほめるとします。

 

そのほめ言葉は、逆に言えば【学校を休んだり、宿題をしなかったり、成績が悪い、お手伝いをしないのは偉くない=「つまりダメだ」】と伝えているのと同じことなのです。

 

子どもに何かの行動を【ほめる】【しかる】をくりかえしていると、子どものなかに【○○は良いけれど、○○は悪い】という、善悪の分断、ジャッジのモノサシが出来てしまいます。知らず知らずのうちに・・

 

これが内面の葛藤・苦しみ・人との不和・争いを生み出すのです。
これが不幸の元なのです。

 

これからの人生において、その子はおとなになって、良い&悪いでものごとすべてを判断するようになります。

 

 

「あの人の○○なところは良いけど○○なところはダメだ。」
→他人との不和に発展する。

 

自分に対しても「○○できる自分はOKだけど○○できない自分はダメ」と自動的に裁く。
→自信が持てない&自己否定、条件で判断する。

 

 

良い結果ならハッピーだけど、悪い結果なら落ち込むということになります。

 

「そんなのあたり前じゃないか」
と言われるかもしれませんね。

 

 

善悪・良い悪いのモノサシがなければ、人も自分もまるごと愛することができる

 

しかし、このジャッジ・判断がなければどうでしょうか?

 

相手がどんな人でも、存在自体をまるごと見守り愛することができます。

 

また自分が今どんな感情を抱いても、行動にしても自分自身でその成り行きをあたたかく見守ってあげることができます。

 

たとえば自分(や子ども)の中に怒りが湧いても、怒っちゃダメと判断し押さえることで怒りは行き場を失い、より強く内側にため込まれます。
これは爆発したら恐いですよね。

 

感情はこじらせると、もっとややこしいことになることはあなたも経験されているかもしれません。

 

怒ったらダメなんてことはない。
なにかを、誰かを嫌ってはいけないことなんてない。

 

腹が立つならちゃんと怒り、嫌いなら嫌いだ〜!と素直に表現する。

 

これは、いつでもどこでも相手にそのままぶつけてOK、ということでもありません。
自分の中で沸き上がる気持ちを抑えつけない、ごまかさない、ということです。

 

その場その時のすなおな気持ちを、自分自身でちゃんと認めるのです。
子どものその気持ちを無視したり、無理にねじ曲げたりせずに、状態や感情をそのままをちゃんと認めてあげるのです。

 

ほかにもサボりや引きこもりでも、自分や(あるいは他人が)ダメだと判断するから余計に長引きます。
本当は誰でも元気で過ごしたい。

 

でも元気でいなきゃダメだ!元気でいるのが良いことだ、だから元気にならなければいけない!という判断・決めつけが、逆に元気に戻ることを阻むのです。

 

理想の自分(他人)と実際の自分(他人)のギャップに苦しみ葛藤します。
こころの内側で戦争をおこすのです。

 

 

子どもは強い!そこを信頼する

 

子どもがピーマンを嫌いでも、好き嫌いが多くても「ダメ」なんてことはない。本当に。

 

もし人を傷つける行為をしたら、その行為を咎めても意味がありません。
その子は内面にかならず、悲しさ・さみしさをかかえています。

 

その内側を理解してあげないと絶対に解決しません。

 

歯みがきだって無理にしなくてもいいのです。
もし虫歯になってもいずれそこから子どもは学びます。

 

「ああ、歯医者さん痛かったな、面倒だけど歯磨きしたほうがいいのかもしれないな・・。」と。
一生歯みがきをしない子供はいません。
痛い目にあってはじめてわかることもあります。

 

私たち親が本当に心から、「どんな選択をしてもあなたを愛している。」と伝え、親の価値観を完全に手放したとき、選択するのは子ども自身になります。

 

そのときはじめて、子どもは【自分で選びその責任をとる】ことができる環境を得ます。

 

そのときはじめて、子どもは自分のことは自分で決める権利を得ます。

 

そのときはじめて、自立へのスタートラインに立てます。

 

それには子どもを信頼しなければなりません。
子どもの力を信じること。

 

もともとの素晴らしさを信頼する。
愛でできている立派なたましいそのものなのだと、外側の表面で判断するのではなく、内側の強さを信じる。

 

こちらの思惑を手放すと、不思議なことに子どもはより良い道をみずからえらんで進むようになります。
どんな子どもも(大人も)人というのは、発展・発達するように元々できているからです
これはいのち自体の本質です。

 

その道はもしかしたら親や先生のエゴの希望どおりではないかもしれないけれど、その子にとって宇宙にとってのベストです。

 

長い目で見たとき、周りのすべてとの調和がとれている道です。

 

 

自分も許し、自分の元々の強さを信頼する

 

あなたももし子育てにおいて、少し心当たりがあるとしたら、そのときあなたはそうであっただけなのです。

 

ベストを尽くしたかもしれないし、尽くさなかったかもしれない。でもそれでいいのです。本当に。

 

ベストを尽くせないときは尽くせないなりの理由があります。

 

子どもを認めるのと同じように、ご自分のことも認めてくださいね。

 

私たち大人こそが、良い悪いの判断で育てられてきた人がほとんどでしょうから、そういう判断をしてしまっても仕方がないのです。

 

余計な固定観念を背負ってしまっただけなのですから、その背負ったたくさんの重いもの(思い・思考・観念)を手放すことができればあなたは本当に強いのです。
完全に自由になれる!

 

気づいたら、その重い荷物を次の世代に引き継がせなくていいのです。
そうしたら、子どもたちも自由に飛び立てます!
活躍できるのです。

 

あなたご自身も、お子さんも、出来事・状況も、何も裁かなくても大丈夫です。

 

 

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