【デモクラティックスクール】〜自ら学ぶということ〜

【デモクラティックスクール】〜自ら学ぶということ〜

先週、京都から兵庫へ引っ越ししてきて、2人の子供(小学生と中学生)がデモクラティックスクールに通うことになったのですが、その体験記を書いてみます。

 

 

子どものこころに傷をつけた

自ら学ぶ

 

過去記事にも書いたのですが、うちの子供は2人とも引っ越し前、不登校でした。

 

 

上のお姉ちゃんは、月に1回、ひとりで3〜4時間電車やバスを乗り継いで、京都から兵庫のデモクラティックスクールに通っていました。

 

 

遠いですので一度行ったら1週間ほどは友人や親せきの家に滞在させてもらい、そこからスクールに通っていました。それ以外はいつも自分の部屋で過ごしていました。

 

 

下の弟は、しぶしぶ3年生までは通っていた(通わされていた)のですが、4年生になるとほとんど家で過ごすようになりました。

 

 

男の子だからという理由で、なぜか「男の子には厳しく」みたいな理由で、身内も本人に学校を強要し、私もまわりに逆らえず、でもどうせ学校にいくなら楽しんでちゃんと関わりたいとも思い、本当はデモクラティックスクールに通わせてあげたいけど、親の事情で無理やり小学校に通わせていたのです。

 

 

デモクラティックスクールでも一般の公教育の学校でも、どんなところでも生きていけるように・・、みたいな思いもありました。

 

 

免疫をつける、というと変な表現かもしれませんが、たとえばオーガニックのものしか食べたことがない、コンビニやスーパーのインスタントなものにアレルギー反応を起こすから無添加や自然農法のものしか食べさせられない・・ではなく、基本的にはできるかぎり安全安心なオーガニックでありたいけど、時にはそうでない食べ物も感謝の思いでいただくことができる・・、そんな風に育ってほしかったのです。

 

 

ですので、公教育に対して(日本の公教育はあきらかに時代おくれですが)絶対ダメ!と敵対視するのではなく、いったん子どもにも受け入れてみてほしかったのです。(事情を理由に通わせてあげられない私の言い訳だったのかもしれませんが・・)

 

 

子どもにそれを求めるのですから、もちろん私自身も積極的に学校行事には関わり、役員なども務めるようにしました。いつかこの広いグランドや校舎が、義務やガマンで通わされるような子どもにとって「つらい場所」ではなく、子どもの意思を尊重した自主的に学べる、楽しくて仕方ない学校に生まれ変わってほしいと思いました。(今もいつかそうなると思っています。)

 

 

約2年半、息子は小学校に通いましたが、振り返ってみると、あんなに無垢で純粋で元気だった息子のこころに、かなり傷をつけました。

 

 

最後の方は、いつも下を向いて誰ともしゃべらず、私にも心を開かず、笑うということがなくなりました。

 

 

ゲームしか救いがなく、熱中していると大人に怒られる。学校も30分まで・・などと制限をもうける。

 

 

笑わなくなって、ごはんも残すようになり、これ以上はマズい、もう限界だと思いました。

 

 

上の娘にももちろんガマンをさせましたし、公教育の学校はもうじゅうぶん、いままで貴重な体験をさせてもらいありがとうございました。と感謝の思いで土地をあとにしました。

 

 

後悔はありませんが、子どもが望まないかぎり、もう一般の学校にもどることはないと思います。

 

 

子供が元気になった!

自ら学ぶ

 

引っ越してきて子どもたちは、元気を取り戻しました。

 

 

スクールで息子はみんなでゲームで対戦したり、トランポリンで跳ね回ったり野球やサッカーをしたりと、思う存分遊んでいるようです。

 

 

笑顔がもどって、朝自然に目が覚め、(登校時間などはないから)「ママ、おはよう〜!」と抱き着いてきてくれ、本物のあいさつをしてくれます。(学校では「あいさつ運動」などと目標が掲げられて、無理やり言わされていました。しかしほとんどの子どもは暗い表情でした。子どもたちの気持ちを考えれば当然ですね・・。)

 

 

娘は、今は料理部に入り仲よしのお友達と料理をしてインスタグラムにアップしたり、毎日スタッフの方に朝英語を教えてもらい、深夜復習をしています。そして、おいしそうなお弁当を自分でつくれるようになりたいから作り方を教えて、と一緒にお弁当をつくっています。

 

 

2人とも時間がたりない、もっとスクールにいたい!とよく言います。スクールの子どもたちによると「夏休みなんていらない」そうです。1分1秒でもスクールにいたい。公教育の学校とは真逆ですね(笑)

 

 

責任をともなう自由な環境のなかで、子どもが「みずから」学ぶ

 

自ら学ぶ

 

ここでは何も強いられることはありません。

 

 

毎朝、行っても行かなくても何時に行ってもいい(連絡は必要ですが)、帰りの時間も自由、お昼もいつどこでなにを食べてもいい、外出してもいい(→ただしスタッフの許可がいりますし、小さい子供は付き添いします。)ゲームも自由、やりたいことや勉強したいことは(ミーティングに通して通過したら)スタッフや外部の人が教えてくれたり、資金もふくめて協力してくれる。

 

 

そもそも、入学するにも親がいくら気に入ったからといって「入学させる」ことはできません。子ども自身が望まないかぎり・・。

 

 

学校予算の使い方も、日々のルールも、部屋やトイレの使い方や掃除のしかた、スタッフ選出にいたるまで、あらゆる運営を子どもたちに任されていますので、子どもたちが自主的に話し合いで決める。

 

 

ここには、大人や目上の人からの「上からの圧力」は一切ありません。そのかわり、子どもたちがスタッフのかたの見守りのもとで、さまざまな選択をしてルールを決定していくので、当然そこには子どもたち自身に責任が伴います。自分たちで決めたルールですからそれを守れなかった子どもは、ミーティングに出されたりしたあと、場合によっては掃除などのさまざまなペナルティもあります。

 

 

どこまでも対等な話し合いで決定されるので、単純に多数決で「ハイ終わり。」はありません。どんな少数派であっても、取り上げるべきすばらしい意見もあるからです。

 

 

どんな小さい子(最小年齢4歳)の意見でも尊重されます。無視されることはありません。年齢は関係ないからです。

 

 

小さい子は小さい子なりの意見、大きい高校生は経験にもとづいたそれなりの意見を、同じ時間・同じ場で共有しあって全体をすすめていくので、小さい子はみるみる成長してしっかりしてきますし、大きい子は全体を見通しまとめあげる包容力というのでしょうか、リーダーシップとともに、年齢にたいして差別のない謙虚さや、協調的な中立的な視点で引っ張っていける器に成長していく子が多いです。

 

 

完全に【人対人】の関係であり、おとなだから、先生だから、小さいから、などという立場はまったく関係ありません。

 

 

なにかに従わせる、従わなければいけない、ということがありませんので(主従関係がないので)皆対等で心が満たされていくのでいじめもありません。

 

 

レールの上を走らされるのではなく、自分たちが自分でレール(道)を開拓して、歩んでいきます。

 

 

どんな結果になっても、失敗してもそこから学びます。(しかし当然ですが、危険なことは常識の範囲でスタッフのかたが見守ってくれています。)
ですので教科書からではなく実地で、経験で学ぶのです。

 

 

昨日娘は、小学3年で習うひっ算が分からず同じ年の友達とああだこうだと考えていたようですがどうしてもわからず、帰宅してからわたしに聞いてきました。それは料理部の材料費の計算で必要だからです。材料費をだしてミーティングで発表して通してもらえないと、学校予算が使えないからです。

 

 

必要なことはその都度興味をもったときに自主的に学んでいく。つかみとっていく。大人が強要しなくても、心配ありません。自分で獲得していきますから。

 

 

むしろ横やりをいれることで、その子のやり方を捻じまげて可能性を摘んでしまったりします。

 

 

もちろんさまざまな親御さんがいらっしゃいますから、家庭ではそれぞれの育て方をされていると思います。

 

 

しかし、「学校」という場がこのようであることは、一般的な公教育の学校とは似ても似つかないスタイルですから、一日7〜8時間(一日の3分の1)過ごすことを考えると、その子の育ち方には確実に影響を及ぼすでしょう。

 

 

どうやら、反抗期というものは世間で考えられているようなことは本来ないと思うのです。

 

 

当然、からだが変容していく思春期において、とまどいや落ち着かない気持ちがどうしてもあるのはあるでしょう。

 

 

しかし、親にはげしく反抗するといった意味での反抗期は、いままでちいさな子どもを力で抑えつけてきた反動であり、いままで抵抗できなかったうっ憤、不満が一気に飛び出るからではないでしょうか?

 

 

子どもがレールの上を無理やり歩かせられ、はみ出したら叱られ、まいにち点数をつけられ、思考を停止させられたまま育てられ、そして20歳になったとき「自分はなにがしたいのかわからない。」というのは当然の結果に思えます。

 

 

そこで最近の若者はなんだかんだと言っても始まりませんし、そうさせたのは子どもが悪いのではなく、社会のシステム、つまり学校教育というものが、ものすごく大きな影響を与えていることは、間違いのないことです。

 

 

教育というものの影響力は計り知れないと思います。

 

 

※ご興味あるかたは、ダニエル グリーンバーグさんの著書「世界一素敵な学校」という本が、参考になられるかと思います。

 

 

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