【ゲームばかりの子供】→まったく問題なし

【ゲームばかりの子供】→まったく問題なし

 

「もうやりつくしたから(笑)」

 

あるとき、デモクラティックスクールの卒業生の男性と話す機会がありました。

 

 

その男性は今は2児の父で、いまはIT関係の仕事をしているようです。

 

 

わたしが「もう今はゲームはしていないの?」と聞くと、こう返ってきました。

 

 

「もうやりつくしたから(笑)」

 

ゲームばかり、子どもを信じる、勉強しなくても

 

そのとき私はこう思いました。ああ、もうゲームに関しては、やり切った達成感でこころが満たされているのだな。と。

 

 

自分で納得がいっているのだと思います。だから悔いがないのです。「本当はもうちょっとやりたかったのに・・」がない。
だから、堂々と次へ行ける。チャレンジできる。

 

 

そんな風に満足したのなら、その人がゲーム依存症になることはないのではないか、そう思うのです。

 

 

【ゲーム時間が長い=依存症】ではない

 

逆にゲーム依存症になるのは、中途半端に押さえつけられることが一つの原因ではないでしょうか?

 

 

依存症の原因はほかにも、アルコール依存症などと同じようにその人の心身が健全でないときそういった症状になるのだと思います。

 

 

こころが満たされて幸せであれば、どんなにゲームに長い時間をさいていても、それは依存ではありません。ただあまりにもおもしろくて目を輝かせて夢中になっているのです。

 

 

そういう状態で遊ぶのであれば、こどもはゲームで「変な」遊び方はしません。面白いことを精いっぱいやってこころが満たされ安定しているので、おとなのいうことも受け入れてくれるようになります。

 

 

素直になり、「そろそろやめてね〜」と言っても、「うん、わかった!」と声が明るくなり、いろいろと言うこともよく聞いてくれるようになります。

 

子供を信じる、子供を信頼する、ゲームばかり

 

ですので、ゲームを制限したり無理に取り上げることはマイナスでしかなく、それよりもその子に対してあたたかい愛の目線でコミュニケーションをしたり、抱きしめたり、笑顔でちゃんと話をきいてあげることが大切なことだと思います。

 

 

大事なのは、親も子供も、こころが愛で満たされていることです。

 

 

ほんとうにやりたいことをガマンさせられると、怒りが沸々とたまる

 

ゲームを制限したり無理に取り上げることは、子どもの心に未消化のエネルギーが沸々とたまります。

 

 

「ほんとうはもっとやりたいのに・・」と、欲求不満がたまります。この欲求不満がおとなになって爆発したら、それこそゲーム依存症の引き金になるかもしれません。

 

 

やり切ってないのですから、悔いがのこるのです。
その未消化のエネルギーは確実に心に蓄積します。

 

 

おとなでも、たとえば私はマンガや映画・ドラマが好きですが、楽しんでいる最中にだれかに「そろそろやめなさい」とか言われたら、とてもイヤな気持ちです。「いまいいところなのに!」と思うでしょう。「ハイ、分かりました」とは思いません。やめるかもしれませんが、心のなかでは「自分で判断するからほっといて」と、その人にたいして鬱陶しさしか残りません。

 

認められない、子供を信頼する

 

子どもも同じです。ですので、今子供がゲームに夢中になっているのなら、それは大人の判断でストップしないほうが、否定しないほうがいいと私は思います。

 

 

子どもは寝食を忘れるほど自分が大好きで夢中になっているものを、いちばん大好きな親に否定されると悲しいです。自己を否定されたも同然です。僕を認めてくれていないと思うでしょう。

 

 

子どもはゲームを、なにか理由があってやっています。それはもしかしたらストレス発散かもしれないし、こころを休めているのかもしれない。

 

 

特に公教育の学校は子どものやりたいことを押さえつけ、「正しい」?方向へと指導し、無理やり従わせているのが現状です。

 

 

そのうえ親までそうだと、子どもの逃げ場はありません。それだけでなく塾や習いごとで疲れている子も多いです。

 

 

でもゲームだけはどんな自分も受け入れてくれる安楽のアイテムです。ゲームは「あなたは○○が足りてないから今日はできません」とか「1日1時間にしなさい」とか言いません。

 

 

子どもでも、自分でやめるべきところは自分でわかる。睡眠不足になってしんどくなってはじめて、自分で体験して、「あ、これ以上やるとマズいな」と自分でだんだんと的確な判断が下せるようになります。

 

 

その判断をするのはあくまでも本人であり、他人が下すものではありません。自分で判断をする、自分で決める、その練習をとりあげてはいけないと思います。

 

 

本人の体力は本人にしかわかりません。その子の事情やゲームのタイミングもあるでしょう。それを他人が推し量ることはできません。

 

 

しかも指示をするのは、ゲームをほとんどやったことのない大人ですね。ゲームとのつきあい方どころか、ゲーム自体もまったく知らないほとんど体験したことのない大人が、本当に正しいかどうかわからない世の中の常識をめやすにして、制限しているだけです。

 

 

以上のようなことを書くのは、私自身が失敗したからです。

 

 

わたしも何度も、子供にゲームを制限し、口論を繰り返しました。でもそのときは、子どもとの関係はうまくいきませんでした。子どもを追い詰め、イライラさせ、そのうち不登校になり、最後には子どもの笑顔が消えたのです。

 

 

今、子供が夢中になっていることを見守り、信頼すること

 

わたしは、こんなことを書いていますが別にゲームをことさら肯定しているわけではありません。しかし否定もしていません。

 

 

言ってみれば、正直どっちでもいいのです。

 

 

ただ、子どもの成長のなりゆきを信頼しつづけていきたいと思っています。

 

子供を信頼する、子供を信じる

 

子どもがゲームをやってもやらなくても、そんな枝葉のことはある意味どっちでもよくて、その子そのものを信頼することが大事かと思います。

 

 

どんなモノでも子どもが選択するのなら、選択する意味があるのでしょうし、その子の前世からの人生〜そして今の人生もふくめてバランスを取りながら、大きな視点で見れば前進していると思うのです。

 

 

今ここだけを見ると、どうしても「外で遊びなさい」とか言いたくなります。

 

 

しかし、長い目でみると、だいじょうぶだと思うのです。

 

 

私がよく思うのは、たとえばお笑い芸人さんが売れなかった時代、奥さんが陰でずっと信じて支えてくれたというお話はよくありますね。そんな感じで、今の状態がどうであろうと、その人自体を信頼することがどれだけ大事なのかを、考えさせられます。

 

 

すべてを、すべての人がいずれビッグになるのだと、繁栄しつづけていくのだと信頼すること、こんな大切なことはないのではないかと最近思います。

 

 

親がリラックスした態度でいれば、子どもも安心するでしょう。

 

 

目に見える今の状況を否定して、親や先生が「正しいと判断」する方向へ従わせるのではなく、子どものそのままを認め、応援し、勇気付けることが大事かと思います。

 

 

※現在は、うちの子どもは不登校&相変わらずゲームに夢中ですが、お手伝いもしてくれますし料理にも興味をもって一緒にすることもあります。なにより子どもの心が安定し、優しく、おだやかな笑顔にもどってくれました。私ももちろん安心しています。

 

 

 

(明日から数日間、泊まりの用事のためブログを休ませていただきます。)

 

 

 

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